
「風呂キャン」や「だらだらスマホ」、ついついやってしまうという方は意外と多いのではないでしょうか?また、締め切りに間に合わなかったり、なかなか行動に移せなかったりといった悩みを持つ方もいるでしょう。この記事を読めばこれらの悩みの解決の糸口が掴めるかもしれません。
2025年9月2日にKaienが開催した特別セミナーでは、公認心理師・臨床心理士の中島美鈴先生をお招きし、ADHDやASDの特性を活かした時間管理術と、誰もが直面する「先延ばし」の克服法について深く掘り下げてお話しいただきました。
本記事では、先延ばしに対する対処法や時間管理の方法について、研究や現場の知見を交えて解説します。
※本記事は、2025年9月2日に行われたKaien特別セミナーを分かりやすく編集した記事です。より詳細な内容は、ぜひ以下のウェビナー動画をご覧ください。
「風呂キャン」「だらだらスマホ」から抜け出そう 『発達特性から考える時間管理とやる気管理』 公認心理師・臨床心理士で“時間管理”の専門家の中島美鈴先生による楽しい解説!
講師:中島美鈴先生(臨床心理士・公認心理師 / 九州大学人間環境学研究院 / 肥前精神医療センター / 中島心理相談所)
司会:鈴木慶太(Kaien代表取締役)
目次
なぜ「時間の困りごと」が発生するの?困りごとの理論的背景
ADHD(注意欠陥・多動性障害)の特性がある人の多くが、遅刻、約束のすっぽかし、マルチタスクの失敗、締め切り厳守の困難さ、そして先延ばしといった非常に幅広い概念で時間管理に問題を抱えています。

時間管理は、脳の実行機能によって支えられており、この実行機能は、大学生の年齢まで成長を続けます。しかし、現在最も有力な仮説によれば、ADHDの特性がある人は、この成長が遅れている状態なのです。夏休みの宿題を最終日まで残すといった困難さは、誰でも小学生の頃に経験しますが、その後もこの困難さが残ることが多いのです。
この実行機能の問題に加え、やる気を出すための脳内伝達物質であるドーパミンの濃度が低いことが指摘されています。このため、「朝ゴミを出す」といった簡単なルーチン作業が、当事者にとっては年に一度の大掃除のように大きなやる気を必要とする難しい行為となりえるのです。
また、神経心理学的な検査に基づき、時間管理や学習に関する困難さのメカニズムとして以下の三つが挙げられます。
| 抑制制御障害(ブレーキの弱さ) | 魅力的な刺激(テレビやスマホ)に引き寄せられたとき、「ダメだ、勉強しなくちゃ」と自分にブレーキをかける力が弱い状態。 |
| 報酬遅延障害 | すぐ結果が出ないこと(勉強や語学学習など)にはやる気が起きず、逆に即座に報酬が得られる行為(スマホのリール動画視聴など)に強く惹かれてしまう状態。 |
| 時間処理障害 | 時間の長さが体感として感じ取りにくい状態。 |
これらに加え、集中が続かない注意の変動性や、ワーキングメモリーの弱さも、計画的・継続的な行動を困難にしています。
時間管理はまず自己理解から
では実際にどのような対策ができるのでしょうか。対策を講じる上では、以下の3つの軸が重要です。
①自己理解
②時間管理スキル
③保険(万が一に備える)
多くの人はアラームをかける、手帳を持つといった「時間管理スキル」から対策を始めがちですが、まずは自己理解が大切なのです。自分の特性を深く理解し、「どうせ自分はここで忘れる」「見積もりが3時間かかる」といった自己受容があって初めて、スキルを積極的かつ継続的に実行しようとする意欲が生まれるからです。
自己理解を深めるためには、実行機能モデルを使い、
①取り掛かり
②計画立て
③時間モニタ
④脱線防止
の4ステップに分け、どのステップでつまずいたのかを客観的に分析することが有効です。

先ほど挙げた衝動に対する「ブレーキ」の力を強くするのは非常に難しいため、誘惑そのものを遠ざける環境調整が最も大切になります。
また、「ご褒美が遅延する」問題に対しては、即時強化(すぐに結果が出る仕組み)を取り入れます。宿題ができたらすぐにシールを貼ってあげるなど、達成感を資格化・具体化することでモチベーションを維持します。やがて自分でご褒美をぶら下げて頑張る(例:おやつを用意する)ようにできることが重要です。
今日から実践! 「風呂キャン」「だらだらスマホ」の具体的な対策
①「風呂キャン」からの解放
「風呂キャン」は、特に発達特性を持つ人に多く見られる問題です。分析すると、「今やっていること(スマホなど)を中断したくない」「脱衣所が汚い」「服を脱ぐときの触感が嫌」など、特定のプロセスが嫌だと感じている場合があります。
対策は、嫌な部分を取り除くこと、そして取りかかりのハードルを極限まで下げることです。
| 対策 | 具体的な行動 | 効果 |
| 取りかかり促進 | 帰宅したらすぐに入浴できるように、玄関で服を脱ぐくらいの勢いでルーティンを組む | 行動への移行をスムーズにし、他のことをする隙を与えない |
| 部分的な解決 | 全身を洗わないよりは、足湯と洗顔だけはする。洗顔も面倒なら、メイク落としシートを定位置に置く | 「全くやらない」状態を避け、小さな一歩を習慣化する |
| 入浴後の最大ハードル対策 | 髪を乾かす作業には、ドライスタンド式の大風量ドライヤーを購入する | 両手が空き、短時間で完了するため、乾かすことへの煩わしさから解放される |
「風呂キャン」を防ぎ、優れた時間管理を実現する鍵は、夜にやるべき二大タスク(食事と入浴)を早い時間帯に完了させることです。
例えば、午後8時半など早い時間にこれらのタスクを終わらせてしまうと、残りの時間は「何をしていてもいい」という解放感を得られ、堂々と休むことができます。
②「だらだらスマホ」の機能分析
「だらだらスマホ」は、「風呂キャン」よりもさらに手強い問題です。この場合には機能分析を用いて、その行動が果たしている役割を探ることで解決への糸口を見つけます。
スマホや動画を「やめられない」行動は、実は何かしらの意味があって行われています。その意味を、以下の行動の4つの機能に分類して分析します。
①物や活動、知識の獲得:例 家事の辛さを軽減するために動画を流す
②他者の注目:例 夫に心配してほしい
③逃避・回避:例 上司への不満や現実から逃避したい
④身体的・感覚的刺激:例 寂しさを埋めるため
機能分析をすることによって、本当に欲しいものが動画以外の方法でも満たせることに気づくことができます。問題となる行動(長時間のスマホなど)ではなく、別の適切な行動で同じ欲求を満たすことで、我慢することなくやめることができるようになるのです。
補足 スキナーの理論:罰は行動変容の手段として効果がない
行動心理学の父であるスキナーは、ある行動の後に報酬がもたらされると、その行動は強化され、繰り返されるオペラント条件付けの仕組みを発見しました。スマホやギャンブルもこの仕組みで強化されています。
しかし、その行動をやめさせるために罰を与えることは、長期的な行動変容の手段としては効果がないと断言しています。罰が効かない理由として
①「効果が短期間しか続かない」
②「代わりの行動がわからない」
③「見つからないように隠れて行動するようになる」
などが挙げられています。
自分を縛らず、ワクワクを見つけよう
脳の実行機能は、60歳を超えたあたりから低下することが分かっています。これを鍛え、維持するためには、マルチタスクを要する活動を定期的に行うことが推奨されています。
特に、料理のように「人に喜ばれ、自分も美味しいと感じる行為」は、計画立て、段取り、時間配分といった複数の実行機能を同時に使い、報酬も得られるため、非常に優れた訓練となります。
「どうせ自分はダメだ」と自尊心が低く、自分のために頑張ることが難しいという方もいるでしょう。そんな方は、「誰かのためなら頑張れる」という原動力を活用するのが効果的です。例えば後輩のために資料を整理する、同僚のためにファイル管理を徹底する、といった他者への優しさに基づくモチベーションを利用しましょう。
また、 Zoomなどで繋がって一緒に作業する「仲間同士の繋がり」も効果的です。「誰かと約束したから頑張ろう」という動機付けが、継続的な行動を支えてくれるようになります。
時間管理とは「自分を縛るものではなく、自分が楽しく生きていくためのツール」です。ぜひ皆さんも時間管理を通して自分の人生にワクワクを見つけてみましょう。

