大学卒業後の就職活動で行き詰まり、家族の勧めで就労移行支援を利用することになったTさん。広汎性発達障害の特性による「人に話しかけることが苦手」や「正解のない課題への不安」を、日々の訓練を通じてどのように乗り越えたのでしょうか。ご自身の特性を客観的に分析し、独自の対策と丁寧な「記録」によって、見事事務職としての内定を勝ち取るまでの道のりをお聞きしました。

▼Tさんの簡単なプロフィール
- 年齢: 20代
- 診断名: 広汎性発達障害
- 苦手なこと: 自分から人に話しかけること、曖昧な指示や正解のない課題への対応
- 利用サービス: 就労移行支援
- 就職先: 企業の事務職
目次
読書に没頭した子ども時代と、真面目すぎるがゆえの「不器用さ」
――― 幼い頃は、どのようなお子さんだったのでしょうか?
親からは、人見知りでとても大人しい子どもだったと聞いています。小学校の低学年の頃などは、それなりに活発に動き回る時期もあったのですが、基本的には休み時間や授業の合間、放課後などに、1人で静かに本を読んでいるような子どもでした。周囲からはよく「読書家だね」と言われていましたね。
自分では真面目な性格だと思います。言葉を額面通りに受け取ってしまうところがあるので、親からもよく「冗談だからあまり本気にしないように」と言われていました。私自身が何事も真面目に受け止めすぎてしまうので、周囲の軽い冗談に対して、うまく笑って返したり合わせたりすることが苦手でした。
――― 当時は、周囲の友人たちと自分を比べて「何か違うな」と感じることはありましたか?
学生時代は周囲との違いをはっきりと感じたことはありませんでした。もちろん、同級生ができるのに自分にはできないことや、色々と心配になることはありましたが、「誰しも得意・不得意はあるものだし、自分はこれが苦手なだけなんだ」と片付けていました。それ以上に深く悩んだり、背景に何かあると考えたりすることはありませんでした。
「正解のない課題」と「話しかけること」への強い苦手意識
――― 診断の経緯を伺えますか。
正式に「広汎性発達障害」の診断がついたのは大人になってからのことです。今思い返してみると、子どもの頃からコミュニケーション全般が苦手で、心配した親が、幼い頃に発達系のクリニックに連れて行ってくれたことがありました。当時は明確な診断名まではつきませんでしたが、もしかしたら傾向があるかもしれないとは言われていたようです。小学校の時は、社会性やコミュニケーションを育てるための専門のクラス(通級)に少し通っていました。当時はあまり実感が湧いていませんでしたが、今思えばあの頃から特性は表れていたんだなと思います。
――― ご自身の特性や苦手なことについて、具体的に困っていたエピソードはありますか?
一番苦労してきたのは、「自分から人に話しかけること」です。学生時代の苦い思い出なのですが、私の通っていた学校では、職員室に行って、先生に日誌や名簿をもらってくるという決まりがありました。でも、職員室って先生方しかいないので、独特の雰囲気がありますよね。私にとっては話しかけることはもちろん、あの空間に入ること自体がものすごくハードルが高くて……。職員室の前まで行ってもどうしても中に入れず、ドアの前でオロオロと挙動不審になってしまい、最終的に誰にも声をかけずに日誌と名簿を持って出ていこうとした結果、挨拶だけはしなさいと先生に注意されてしまったことがあります。約束や用事があっても、話しかけるタイミングが掴めずに30分以上立ち尽くして時間が過ぎていく、ということはよくありました。
――― 他にも、仕事や学習の面で苦手だと感じることはありましたか?
「正解のない課題」に対して、どうアプローチしていいか分からなくなることです。学校のペーパーテストのような、明確な答えが決まっているものは成績も悪くない方だったのですが、レポートや卒論が本当に書けなくて苦労しました。「自由に設定して書いていいよ」と言われると、何をどこから手をつけていいのか全く分からなくなってしまいます。就活の書類選考で出す文章も同じで、何を書けば正解なのかが分からず、いつも提出期限ギリギリになって提出するため、大学時代の成績や就活の結果もあまりよくありませんでした。
日常生活では、料理のレシピで「調味料を一回し」とか「適当に」と書かれていると、それが大きな一回しなのか、小さな一回しなのか分からなくて困ってしまいます。アルバイトでも、「そこを掃除しといて」と指示をされると、「そこって具体的にどこのことだろう」と分からなくなってしまいます。しかも、「話しかけること」が苦手なので、「そこってどこですか?」と聞き返すこともできず、指示をされた場所が分からないまま時間だけが過ぎていく……という悪循環に陥っていました。

就職活動の限界を感じて出会った、就労移行支援という選択肢
――― 大学を卒業されてからは、どのような生活を送られていたのでしょうか。
大学3年の頃から一応、就職活動は始めていました。しかし面接でのコミュニケーションもうまくいかず、1年以上続けても結果が出ませんでした。卒業後もアルバイトをしながら、ハローワークに通ったり就職エージェントに登録したりして自力で就活を続けていたのですが、一向に決まらずに限界を感じていたんです。
なかなか就職が決まらない私を見かねて、家族が「こういう福祉サービスがあるよ、選択肢の一つとして相談してみたら?」と勧めてくれたのがきっかけです。当時はまだ自分自身の障害や特性についてあまりピンときていませんでした。学校も卒業してアルバイトもできていたので、自分が「障害者雇用」で働くというイメージが持てなかったんです。ただ、自力の就活には完全に限界を感じていたので、「とにかく現状を変えられるなら、一度やってみよう」と思い利用を決めました。
「速さ」から「正確性」へ。ミスゼロを達成した事務訓練での気づき
――― どのようなコースに所属し、どんな作業に取り組まれていたのですか?
私は主に「週替Lite」という、比較的個人で完結する事務作業を行うコースに長く所属していました。具体的な内容としては、アンケートのデータ入力や、書類の仕分け、パソコンを使った事務処理などです。元々パソコンのスキルが特別高かったわけではないのですが、元来の真面目な性格もあって、コツコツ進める事務職の仕事に興味がありました。ディスカッションをして皆でアイデアを出し合うようなグループワークは、自分には少しハードルが高いと感じていたので、このコースでの作業が自分に合っているなと感じていました。
――― 実際の訓練の中で、上手くできたことや、新しく学んだことはありましたか?
訓練を始めた当初の私は、「次の作業に進まなきゃ」「早く終わらせなきゃ」ということばかりに意識が向いていました。そのため、作業スピードはそこそこ速かったのですが、見落としや入力ミスがそれなりに発生してしまっていたんです。 ですが、スタッフの方から「実際の仕事では、早く終わることよりも、ミスがないことの方が圧倒的に重要視される。速さよりも正確性を大切にしよう」とアドバイスをいただきました。そこから意識をガラリと変え、作業後のダブルチェックの回数を増やしたり、自分が過去にどんなところで躓きやすいかをメモに残して作業前に見返したりするようにしたんです。その結果、訓練の最終段階で行う他のメンバーとの相互チェックで、「ミスの指摘ゼロ」を一定期間達成することができました。これは自分にとって大きな自信になりましたね。
――― 課題だった「自分から話しかけること・報告すること」への対策はみつかりましたか?
私の場合、ルールや手順などの「型」がはっきりと決まっていれば、緊張してもしっかり動けるということに気がつきました。訓練プログラムの中で、「この作業が終わったら、このタイミングで、あの場所にいるスタッフに報告する」という枠組みが決まっていたため、嫌でも報告に行かざるを得ない環境だったんです。そうして強制的に経験を積むうちに、「あ、事前にタイミングが決まっていれば、自分でもスムーズに行動できるんだ」と分かりました。 そこからは、自分で何か相談したいことや分からないことがあった時も、「この作業の区切りがついたら聞きに行こう」「訓練が終わった直後の時間に声をかけよう」と、自分の中でルールをあらかじめ決めるようにしました。どうしても自分で調べて分からないことだけを整理して持っていく、という基準を作ったことで、仕事に支障が出ないレベルまで報告や相談のハードルを下げることができました。以前は挨拶すら苦手で、気まずさから周囲を避けるようにコソコソと席についていたのですが、アドバイスを受けて「挨拶をしない方がかえって目立ってしまう」と気づいてからは、毎朝しっかりと自分から挨拶ができるようになりました。
自分の失敗パターンを「記録」し、客観的な視点で挑んだ就職活動
――― 就職活動は、利用を開始してからどれくらいの時期に始められたのでしょうか?
通い始めて4ヶ月目くらいから企業情報の収集や自己分析などの準備を少しずつ始め、実際に求人に応募し始めたのは5〜6ヶ月目くらいです。最終的に、実習や説明会に参加した企業も含めて、計4社に応募しました。
――― 就職活動を進める上で、大切にしていた「軸」はありましたか?
一番は、環境が安定していて、長く働き続けられそうな職場であることです。仕事内容があまりに単純すぎて退屈してしまうものよりは、自分の頭である程度手順を考えながら進められるような、少し裁量のある事務職がいいなと思っていました。また、サポート体制が整っている大人数の職場であることや、自分の成長に応じてステップアップができる環境かどうかも重視していました。
――― 就活を振り返って、「これをやっておいて本当に良かった」と思う工夫や対策があれば教えてください。
最も効果があったのは、就活に関するあらゆる情報を一冊のノートに「記録」し続けたことです。 企業の基本情報や募集要項だけでなく、「自分がその企業のどこに魅力を感じたのか」「なぜここがいいと思ったのか」を、拙い言葉でもいいからとにかく全て書き残しておきました。私は面接などで「仕事に何を求めますか?」と漠然と聞かれると、頭が真っ白になってフリーズしてしまうタイプなんです。でも、ノートに書き溜めた日々の本音を読み返していくと、「あ、自分はこういう職場環境に惹かれやすいんだな」「逆にこういう条件のところは避けたいんだな」という傾向が客観的に見えてきて、自己分析や志望動機づくりにすごく役立ちました。
――― Kaienのサポートで心強かった部分はありますか?
スタッフの方との面接練習や、応募書類の添削です。自分一人では絶対に気づけなかった「目線が泳いでいる」「少し挙動不審な動きになっている」といった面接時の癖を、客観的に指摘してもらえたのがありがたかったです。また、私は自分の経歴や能力について、必要以上に悲観的になってアピールをためらってしまう傾向があったのですが、スタッフの方が「客観的に見て、ここは十分な強みですよ」と背中を押してくださったので、自信を持って面接に臨むことができました。「何を書けばいいか分からない」と書類作成で行き詰まった時も、講師の方に「全く浮かばないので、考えるためのヒントをください!」と素直に頼るようにしたことで、自分の力で書き進める糸口を掴めるようになりました。
適切に周囲を頼りながら、自立して業務をこなせる存在を目指して
――― 新しい就職先では、具体的にどのようなお仕事をされる予定ですか?
職種としては希望していた事務職になります。会社の基幹となるメインの業務サポートや、データ入力などの事務処理全般を担当させていただく予定です。まさに訓練で培ってきた正確性を活かせる内容ですし、自分の希望通りの職場で働けることになったので、とてもワクワクしています。
――― これから新しい職場でスタートを切るにあたって、今後の目標や意気込みを聞かせてください。
まず第一の目標は、新しい環境に少しずつ慣れて、周囲の皆さんの足を引っ張らないようにすることです。そして将来的には、分からないことや困ったことがあっても、自分の中に溜め込まずに「適切に周囲を頼って質問できる力」を身につけたいです。その上で、任された自分の業務はしっかりと1人で責任を持って自立して進められる、そんな信頼される社員になっていきたいなと思っています。
【付録】休日のリフレッシュ法と、歴史を感じる一人旅の思い出

――― 普段、休日やプライベートの時間はどのように過ごされていますか?
最近は、運動不足を解消するために「近所の散歩」を始めました。「あそこまで歩こう」と大体の目標だけを決めて歩いているのですが、あまりルール化してハードルを上げると嫌になって続けられなくなるので、往復30分くらい、ゆるく決めてゆるく続けることを第一に歩いています。私の家族はアウトドア派なので、家族の外出にくっついて買い物に行ったり、一緒に旅行に出かけたりすることも多いですね。
――― 最近、プライベートで特に楽しかったことや嬉しかった出来事はありますか?
先日、ふと思い立って、生まれて初めて1人で日帰りの「川越観光」に行ってきました。 普段は家族に連れて行ってもらうことが多いのですが、その時は「せっかくだから、1人で冒険してみよう」と思い、有名な「蔵造りの町並み」や「菓子屋横丁」をのんびり散策しました。
昔の歴史的な建物や街並みを見ることも好きなので「川越市立博物館」にも行きました。展示をひとつひとつじっくり時間をかけて回りました。1人だったので誰の目も気にせず、自分のペースで心ゆくまで満喫できました。
大学時代に1人で講義を受けて、1人で学食を食べていた頃の自由気ままな感覚を思い出して、すごく新鮮でリフレッシュになりました。自分の力で計画して無事に行って帰ってこられたことも、これまでの小さながんばりが形となった気がして、自信になりました。また機会があれば、まだ行ったことのない歴史的な場所に、ふらっと一人旅をしてみたいなと思っています。
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