
仕事から帰って、気づいたらソファで力尽きていた。休日の朝、目を開けた瞬間に散らかった部屋が目に飛び込んできて、それだけで一日のやる気が消えてしまう。
——そんな自分に溜息をつきながらも、結局また同じことを繰り返してしまう。そんな悩みを抱えている方はいらっしゃいませんか。
実は、その悩みに真正面から向き合ってきた専門家がいます。臨床心理士・公認心理師の中島美鈴先生です。中島先生自身もADHD特性があり、高校生の頃は「このままだと、まともに生きられないかもしれない」と感じたといいます。そのような実体験を経て、たどり着いたのが、根性ではなく『仕組みで生活を回す』という発想でした。
今回のセミナーで中島先生が語られたのは、単なる時短テクニックの寄せ集めではありません。「普通の生活だけで体力が限界を迎えている 」という切実な声に応える形で組み立てられた、生活再設計のヒントです。
この記事でわかること
- なぜ「時間管理を頑張る」より先に「環境を変える」べきなのか
- 自分に合った働き方・暮らし方を知るための心理検査(WAIS-IV )の活用法
- 衣食住・朝夜のルーティンで実際に効果のあった具体的な工夫
- 忘れ物や片付けへの、罪悪感を持たなくていい向き合い方
※本記事は、2026年7月に行われたKaien特別セミナー「【ADHD疲れ対策】「毎日が無理ゲー」なあなたへ!体力ゼロでも生活が回る“仕組み化”と省エネ術」を分かりやすく編集した記事です。より詳細な内容は、ぜひウェビナー動画本編をご覧ください。
【ADHD疲れ対策】「毎日が無理ゲー」なあなたへ!体力ゼロでも生活が回る“仕組み化”と省エネ術(講師:中島美鈴先生) #ADHD #発達障害 #時間管理 #中島美鈴 #疲れ対策 #環境調整
講師:中島美鈴先生(臨床心理士・公認心理師 / 九州大学人間環境学研究院 / 肥前精神医療センター / 株式会社TimeDesignLab)
聞き手:鈴木慶太(株式会社Kaien代表取締役)
頑張りを増やす前に、「環境」を変える

中島先生はオンラインカウンセリングの現場で、あることに気づいたといいます。本人がどれだけ努力するかは、結果全体のうち最大2割程度。残りの8割は、「どこに就職するか、どんな環境で生活するか」によって決まる、という実感です。
これは学術的に検証された統計というより、多くの当事者と向き合ってきた中島先生自身の臨床経験に基づく感覚です。ただ、この視点は多くの人にとっても心当たりがあるのではないでしょうか。
【ポイント:頑張りを増やす前に「環境」を変える 】
私たちはつい「自分がもっと頑張れば解決する」と考えがちです。しかし中島先生は、まずは「頑張らなくてもうまく回る仕組み」を作ることが大切だと話しています。時間管理のスキルを積み上げるのは、その土台ができてからでいい、という考え方です。
『日々の仕事や生活で精一杯で、新しく時間管理を覚えてがんばろう、という気力さえ無くなっている方がいます。そういう人は、どうしたらいいのでしょう?』
これは以前、代表の鈴木が中島先生に対し、投げかけた質問です。先生自身も「本当にその通りの方が多い」と語っており、これまで多くの受講者が挫折する姿を見てきた中で辿り着いた気づきでもありました。
3つのステップで暮らしを見直す——適職・生活・時間別の工夫

中島先生はこのセミナーを、思いつきの雑談としてではなく、あえて以下のように順番を決めて構成したと語っています。
①適職を知る——自分にはどんな仕事、どんな働き方が合っているのかを把握する
②生活を整える——「衣食住」という、働くことを支える土台をつくる
③時間別の工夫——朝・昼・夕方・夜、それぞれの場面でさらに細かい工夫を重ねる
では、なぜこの順番なのでしょうか。
中島先生は精神科病院で心理検査に携わっていた経験から、自分に合わない仕事を選んだままでは、どれだけ生活を工夫しても消耗が続いてしまうことを痛感してきたと語っています。逆に、適職が分かっていても、衣食住という生活の基盤がぐらついていては、その上に何を積んでも崩れてしまう。だからこそ、①適職→②生活→③時間別の工夫、という順番で整えていくことが必要であるといいます。
ここから、この3つのステップを順番に見ていきましょう。
①適職―—WAIS-IVから自分の「取扱説明書」を手に入れる
自分の適職を考えるとき、中島先生は6つの軸を判断材料として挙げています。
| 軸 | 具体例 |
| 働く環境 | 静かな場所がいいか、賑やかな場所がいいか。外部からの刺激量がどの程度なら安心して働けるのか、見極めることが大切です。 |
| 働く場所 | 出社か在宅か、移動時間がどれくらいかなど。 |
| 興味のある業界 | ADHDの方は特に興味の有無でやる気の差が大きく出やすいため、興味のある分野を選ぶことも大切です。 |
| 仕事のもらい方 | 正社員として雇われる方が安定するタイプか、案件ごとの業務委託の方が合うタイプかなど。 |
| 稼働時間 | 朝型か夜型か。ADHDのある方は、交代制勤務は睡眠リズムが崩れやすく、避けた方が良いと考えられています。 |
| 評価システム | 成果主義でこまめに評価される方が燃えるタイプか、プロセスを見てほしいタイプかなど。 |
中島先生いわく、6つの軸のうち、特に「興味があるかどうか」は、非常に重要だといいます。多少条件が厳しい環境でも、興味のある分野であれば頑張れる一方、義務感だけでやる気を出すのが苦手な特性を持つ人も少なくないためです。
こうした軸は、感覚だけで判断すると見誤りやすいものです。「自分は在宅が向いていると思っていたけれど、実際は違った」ということも起こり得ます。そこで役立つのが、自分の得意・不得意を客観的に把握する心理検査という手段です。
中島先生は精神科病院で心理検査の実務に携わっていた経験から、この重要性を強く語ります。ここで紹介されたのが、16歳から90歳まで受けられる知能検査「WAIS-IV (ウェイス・フォー)」です。全体の知的水準だけでなく、言語理解・知覚推理・処理速度・ワーキングメモリーという4つの領域別に数値が出るのが特徴です。
中島先生の気付き

中島先生自身、「先延ばし癖がある」「お金の計算は疲れやすい」などの自分の特性を、この検査を通じて自覚したそうです。だからこそ経理や振込業務では失敗が続いた一方、営業職に配置転換された途端に成績が伸びた——という経験を、後から検査結果と照らし合わせて納得できたといいます。
WAIS-IVは病院やクリニックのほか、自治体の発達障害支援センターなどで受けていただくことができます。費用は受検する機関や保険適用かどうかによって異なるため、事前に問い合わせて確認することをおすすめします。ちなみにKaienのサービスをご利用中の方は、無料で受検することが可能です。詳しくはこちらをご確認ください。
「令和になって、9時-17時以外の働き方が増えてきた」と中島先生が語るように、自分を仕事に合わせるのではなく、自分に合う仕事を選べる時代になりつつあります。だからこそ、まず自分を知ることが、遠回りのようで一番の近道になるのでしょう。
②生活を整える——衣食住の工夫は「こだわりを手放す」ことから
適職が見えてきても、日々の生活そのものが崩れていては長続きしません。中島先生が「働くことと同じくらい大事」と語るのが、「衣食住」という生活の土台です。
下記の表は、ADHDの方が日々悩みがちなことに対し、中島先生が自らの経験則から生み出した独自の工夫について、まとめています。ぜひ参考にご確認ください。
| ADHDの方が悩みがちなこと | 中島先生の工夫 | |
| 衣 | 朝、服選びで消耗する | 平日の服を数パターンに「制服化」。クローゼット全体でなく一角だけを整える |
| 食 | 完璧な自炊を目指して挫折、または食事がおろそかになる | コンビニ惣菜・冷凍野菜・トースター調理を活用。「木曜は惣菜の日」と家族でルール化 |
| 住 | 部屋の散らかりがメンタルに直結する | 全部を片付けようとせず、寝床から浴室までの「動線」だけを確保する |
衣:制服化で朝の決断を減らす

朝の時間を効率よく使うため、「次の日の服は前日に決めておく」という方法は、その日の気分で選びたい気持ちと衝突しがちです。そこで中島先生が勧めるのが、平日に着る服をあらかじめ数パターンに絞り込む「制服化」です。クローゼット全体を整理するのではなく、平日用の一角だけを枕元に置いておけば、朝、頭を使わずに服を選びやすくなります。
中島先生自身は私服派で、自分がどんな服を持っているか忘れてしまうタイプだそうです。そこで全ての服を書き出し、組み合わせをあらかじめ何パターンか作っておき、「固めの職場向け」「ポップな職場向け」というように用途別にストックしているといいます。ただし、体型の変化や流行の変化で着られなくなることもあるため、シーズンごとに更新が必要だそうです。
最近ではこの制服化に、画像生成AIを組み合わせる工夫も紹介されました。服を購入した際のスクリーンショットを保存しておき、AIに自分の顔写真と組み合わせてコーディネートを作ってもらう。

食:手抜きの罪悪感を手放す
食事についての事前質問には、「毎食きちんと食べられない」「作るのに時間をかけすぎて疲れ果ててしまう」という、悩みが寄せられていました。
| タイプ | 起こりやすいこと | 中島先生の考え方 |
| 食事が疎かになりがちなタイプ | ジャンクフードで済ます、何かに没頭して食べるのを忘れる | コンビニ惣菜を活用してよい。日本のコンビニ食は品質が高く、罪悪感を持つ必要はない |
| こだわりすぎて消耗するタイプ | 買い物・下ごしらえ・片付けまでで力尽きてしまう | 完璧な自炊を目指さず、手放せる工程を決める |
フライパン1つで作れる保存の効くおかずや、トースターで焼くだけの調理法など、完璧な自炊ではなく「体を壊さない食事」を目標に据える考え方です。曜日ごとに献立をパターン化し、「木曜は惣菜の日」と家族でルール化してしまえば、それはもう手抜きではなくルールになります。

住:完璧な片付けではなく「動線」を作る
住環境の乱れは、メンタルに直結しやすいものです。休日の朝、目を開けた瞬間に散らかった部屋が視界に入ると、それだけで一日への意欲が失われてしまう——という感覚は、多くの人に心当たりがあるはずです。
中島先生は、全てを片付けようとするのではなく、優先順位をつけることを勧めています。
- 貴重品の定位置を作る(財布・スマホ・パスポートや保険証などの身分証明書など、失うと困るもの)
- 水回りを整える(トイレ・浴室・洗面台など、体を清潔に保つための場所)
- 最も長く過ごす場所の半径1m程度を整える(いつも座る場所の周辺)
そして何より重視されていたのが、寝床から浴室までの「動線」を確保することです。足を伸ばして眠れるスペースと、そこから浴室までの道が塞がれていなければ、部屋全体が散らかっていても及第点、という考え方です。
片付けの手順としてよくある「まず全部の服を一箇所に集めてから仕分ける」というやり方は、ADHDの特性を持つ人にとってはかえって挫折を招きやすいと中島先生は指摘します。集める過程で心が折れてしまうためです。そこで提案されたのが、エリアごとに「今日はここだけ綺麗にする」という完了ラインを作る方法です。また、同じ発達障害*が専門の臨床心理士の先生から聞いたという「種類別に整理しなくても、端をそろえるだけでそれっぽく綺麗に見える」という考え方も、片付けを自身のペースで進める上で大切です。
③時間別の工夫——朝・夕方・夜の時間の使い方
適職と生活の土台が整ったら、最後は1日の時間帯ごとに、より細かい仕組みを重ねていくステップです。
朝:目覚めの工夫と「一筆書き」ルーティン

ADHDの特性として、「目覚めることそのものが苦手」という声は多く挙げられています。中島先生の自宅で導入して効果があったのは、設定時刻になると自動でカーテンが開くスマート家電だったそうです。光を強制的に取り込むことで、休日でも決まった時刻に起きられるようになりました。
他にも、朝の負担を減らす工夫として、次のようなものが紹介されています。
- 前夜の自分から朝の自分への「贈り物」:好きなパンを用意しておく、洗った食器を乾かしてから寝ることで、朝食器棚に戻す作業から始められるようにする
- 動く順番の固定化:メイクや身支度の手順を一筆書きのように固定し、迷う時間をなくす
- メイクの時短化:中島先生自身は約15分で身支度を終えるそうです。「誰も見ていないから」と割り切り、工程そのものを減らしています
- 朝食の定番化:栄養バランスにこだわりすぎず、体調に応じてご飯派・プロテインバー派を選べる「時短で出せる定番」を用意する
夕方〜夜:オフモードへの切り替えと、罪悪感のない自由時間

仕事から帰ってきても、日中の緊張がなかなか抜けない——という悩みに対しては、帰宅後すぐに「オフモードへの切り替えスイッチ」を決めておくことが勧められました。中島先生自身、心理士として働き始めた最初の1年、この切り替えができずに体調を崩した経験があるといいます。「帰宅したらすぐに入浴する」というように、体温を変える行為を切り替えのきっかけにするのも一つの方法です。
家事についても、「やらなければならないこと」として捉えるのではなく、自由時間の開始時刻を先に決めてしまうという工夫が紹介されています。「今日の自由時間は8時から」と決めておくことで、そこに向かって家事を片付けようという動機付けになるという考え方です。
また、夕食の準備については、アルミホイル包み焼きや炊飯器任せの調理、お惣菜の宅配サービスなど、手をかけずに済む選択肢を積極的に使うのがおすすめです。
【ポイント:無理に「やめる」のではなく「順番」を変える】
「布団の中でスマホを見てはいけない」とよく言われますが、中島先生が大切にしているのは「やめること」ではなく「順番」だといいます。やるべきことを終えた後にスマホを楽しむのであれば、それはご褒美として機能します。
やる気が出ないときは、課題を小さく分割する、場所を変える、誰かと一緒にやる、無理せず先に眠ってしまうといった選択肢が動画内では紹介されました。
睡眠不足を「甘え」にしないために

厚生労働省の令和元年「国民健康・栄養調査」によると、1日の平均睡眠時間が6時間未満の人は男性37.5%、女性40.6%にのぼり、30〜50代では男女とも4割を超えています。日本全体で睡眠時間が不足しがちな傾向があることは、公的データからも裏付けられています。
中島先生は、余裕があれば9時間程度の睡眠を確保してほしいと語りますが、これは医学的な「治療」としての断定ではなく、生活の質を保つための目安として紹介されたものです。夜更かしの原因は「やるべきことが終わっていない」「現実逃避」「ゲームへの没頭」など人によってさまざまであり、一律の対策よりも自分の傾向を知ることが第一歩になります。
中島美鈴先生からのメッセージ

高校生の頃に覚悟を決めた中島先生ですが、その後も順風満帆だったわけではありません。大学時代のアルバイトでは、レストランのウェイトレスがなかなかうまくいかず、不動産屋の事務でも振込金額を間違えてしまうなど、苦い経験を重ねてきたといいます。
数々の失敗を経てきたからこそ、今回のセミナーは「頑張って完璧になる方法」ではなく「ヘナチョコなりに生き延びる方法」として語られています。そして最後、中島先生はこう締めくくりました。
『本当に失いたくないもの、大事なものを1つ決めて、その他は手放す潔さを持ってほしい。割り切れない人は、正しく悩んでください。問題が残ったままではモヤモヤするのが人間ですから、不安になるのは当然です。だからこそ、さっさと問題に向き合って、そしてさっと忘れましょう』
完璧を目指すことをやめ、けれど問題から目を逸らしもしない。この絶妙なバランス感覚こそが、無理をしすぎずに生活を回し続けるための鍵なのだと感じさせられます。
まとめ:Kaienとしてお伝えしたいこと
- 頑張りを増やすのではなく、環境を整えることから始める発想を大切にしてください
- WAIS-IVなどの心理検査は、自分を責めるためではなく、自分に合う場所を見つけるための手がかりです
- 衣食住のこだわりは手放していい部分がたくさんあります。完璧を目指さないことは、怠けることとは違います
- 睡眠不足や疲労感は、気合いだけで乗り越えるべき課題ではありません
「もっと頑張らなきゃ」という思いに押しつぶされそうなとき、まず環境や仕組みを見直す選択肢があることを、ぜひ思い出してください。Kaienでは、こうした自分の特性理解や働き方の相談にも寄り添っています。一人で抱え込まず、専門家や支援機関を頼ることも、立派な「環境調整」のひとつです。
Kaienでは、就労移行支援・自立訓練(生活訓練)・リワーク(復職支援)・ガクプロ(学生向け)のサービスを提供しています。発達障害、精神障害の方の支援に特に強みを持つKaienは、就職率86%、就職後半年の定着率95%の実績があります。一人ひとりの特性に合わせたプログラムを用意しておりますので、まずはお気軽にご相談ください。
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*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます。



