発達障害と漢方薬~特性と付き合うための「すり合わせ」の治療とは?~

公開: 2026.4.3

近年、成人期の発達障害への関心が高まる一方で、「薬を飲んでいるけれど副作用が強くて続けられない」「特性そのものを薬で消したいけれど、そんなことが可能なのか…」といった悩みや疑問を抱えている方も少なくありません。

診断を受けて通院もしているけれど、なかなか生活が楽にならない…。もしかすると、お薬の役割や、ご自身の身体に合った「すり合わせ」の視点が不足しているのかもしれません。

2022年4月にKaienが開催した特別セミナーでは、ハートクリニック横浜院長として数多くの発達障害当事者を診られている柏淳先生をお招きし、「発達障害と漢方薬」というテーマでお話しいただきました。

本記事では、西洋薬の限界や感覚過敏という課題に対し、漢方薬がどのような「すり合わせ」の役割を果たすのか。現場の知見を交えながら、特性と上手に付き合っていくためのヒントを解説します。

※本記事は、2022年4月に行われたKaien特別セミナーを分かりやすく編集した記事です。より詳細な内容は、ぜひ以下のウェビナー動画をご覧ください。

医師に聞く『発達障害と漢方薬』(講師:ハートクリニック横浜院長 柏淳医師)

講師:柏淳先生(ハートクリニック横浜院長)

聞き手:鈴木慶太(Kaien代表取締役)


 発達障害に「治療」は必要なのか?——矯正ではなく「すり合わせ」という考え方

「発達障害は治るのですか?」という質問をよくいただきますが、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)は生まれ持った脳の特性であり、一生抱え続けるものです 。したがって、治療の目的は特性を無理に「矯正」することではありません。

本来の治療とは、定型発達者がマジョリティである社会の中で、どうすれば本人がスムーズに過ごせるかという「すり合わせ」をお手伝いすることです。その土台となるのが、以下の2つのアプローチです。

薬物療法: 西洋医学と東洋医学(漢方)の力を借りて治療を行います。

精神療法:認知行動療法などの心理療法や心理教育などを通して治療を行います。

治療と聞くと薬物療法の方に目がいきがちですが、一番基本かつ大切になるのは「心理教育」です。

心理教育では

・自らの発達特性について、正しい知識を持つ(どのような長所と短所があるのかを知る)

・正しい知識を持つことで、困りごとが起きても落ち着いて事態を理解し、対処できるようになる

ことを目指していきます。この自己理解こそが、実はあらゆる治療の出発点となるのです。


西洋薬の役割と「過敏さ」という壁

漢方について触れる前にまず西洋薬(向精神薬)について解説していきます。西洋薬(向精神薬)は脳内の神経伝達物質(ドーパミン、セロトニン等)を調節する薬です。

・ADHD治療薬: 不注意や多動・衝動性をコントロールする明確な効果があります。

・ASDへの限界: 社会性の障害や「こだわり」そのものを治す西洋薬は現時点で存在しません。

発達障害の方の診療では以下の3つの側面を総合的に判断します。

・内因(脳)…発達障害や知的障害など元々もっているもの(一次障害)

・外因(現在の環境)…うつなどの精神障害(二次障害)

・成育段階・成育環境…成長の過程で生じた愛着課題やいじめなど

西洋薬がターゲットとするのは、二次障害・二次的な精神症状や易刺激性(ささいなことでイライラし、怒りっぽくなること)・パニック・感情のコントロールが難しい「情動調節障害」といった、特性に付随する症状です。

また、西洋薬の特徴は下記のとおりです。

・予測可能性: 「この薬をこれだけ投与すれば、脳のこの部位に作用し、この症状がこれくらい改善する」という因果関係が、薬理学的にある程度ロジカルに説明できます。

・ターゲットの明確さ: 特定の受容体にピンポイントで作用するため、ADHDの不注意や多動・衝動性といった「中核症状」のコントロールに強みを持ちます。

西洋薬には上記のようなメリットがある一方、発達障害の方にとって大きな課題となるのが「感覚過敏」です。 発達障害の方は薬に対しても非常に敏感なことが多く、通常量を服用すると効きすぎてしまい、副作用が強く出ることがあります。

この「西洋薬を使いたくても体が受け付けない」という状況において、「次なる選択肢」や「補完的な役割」として漢方薬が重要な選択肢となるのです。


漢方薬の強み:生体の「複雑系」に働きかける

西洋薬が特定の原因に「ピンポイントで効く」のに対し、漢方薬は複数の生薬が組み合わさった「複雑系」の医学です。その特徴は大きく分けて2つの視点にあります。

1. 体全体を整えるアプローチ

・非線形のアプローチ: ターゲットを一点に絞るのではなく、その人の全体的な状態(「証」)を見立てて、体全体のバランスを整えます。

・歴史に裏打ちされた精神医学: 2000年以上前の『黄帝内経』の時代から、感情(七情)が直接内臓や「気・血(けつ)・水(すい)」に影響を与え、病を引き起こすという考え方がありました。

2. その人に合わせる診断基準「証(しょう)」

漢方では、その人のエネルギー状態(証)によって処方を使い分けます。

・実証(じっしょう): 体力があり、エネルギーが高い状態。子供は基本的にこのタイプが多く、強い薬が合う場合があります。

・虚証(きょしょう): 体力がなく、疲れやすい状態。精神科を受診する大人の多くはこのタイプであり、体を補う成分を含む薬が選ばれます。


「脳の特性」と「こころの反応」にどう向き合うか

かつて精神疾患は大きく2つに分類されていました。

・内因性(脳の病気): 統合失調症や双極性障害など、脳の構造的な要因が強いもの。これらには西洋薬によるアプローチが不可欠です。

・心因性(こころの病気): 外的なストレスや環境要因が影響する「神経症」などの領域。これこそが、漢方がより得意とするところです。

現代では、これらは完全に切り離せるものではありません。発達障害という脳の特性(内因)があるために、周囲の無理解やいじめといった外的ストレス(心因)を二重に抱え、二次障害を引き起こしやすいという構造があるからです。

西洋薬・漢方薬を問わず、発達障害の診療において薬が対象とするのは主に以下です。

・随伴症状: 予定変更によるパニック、急な怒り(易刺激性)の緩和。

・二次障害: うつや不安症状などの改善。体質や症状に合わせ、西洋薬の代用や補完として漢方薬が用いられることもあります。

漢方治療の「肝(きも)」は「肝(かん)」にあり

柏医師は、発達障害の漢方治療において五臓の「肝(かん)」の調節が極めて重要だと説きます。漢方における「肝」は、自律神経を整え、感情の昂ぶりを司る「司令塔」のような役割を担っています。

発達障害特有の「神経過敏」や「過剰に興奮してこびりつく(こだわり)」といった脳の余裕のなさを、「肝」を整えることで和らげていくのです。

代表的な処方例

具体的には、その方の体質(証)や症状に合わせて、以下のようなお薬で「肝」の状態をコントロールしていきます。

・抑肝散(よくかんさん): 怒りや興奮を司る『肝』の働きを穏やかにする働きがあります。瞬間的なイライラや、余裕がなくて怒りが表に出やすい人の第一選択となります。

・加味帰脾湯(かみきひとう): 虚弱体質で疲れやすく、不安感や眠りの浅さがある人に向いています。一見元気がないように見えても、内側に「怒り」を秘めているタイプに有効です。

これらはあくまで一例です。最も大事なことは主治医と相談をしながらより自分に合った薬や治療方法をすり合わせていくことです。


漢方薬は「自分を守るための一つのオプション」

漢方薬は、発達障害そのものを消し去る魔法の杖ではありません。しかし、西洋薬の副作用に苦しむ方や、特性に伴う慢性的なイライラに悩む方にとっては、生活を穏やかにするための「強力な選択肢」となります。

大切なのは、自らの特性や、いじめ・愛着といった環境要因を多角的に見つめ直し、主治医と相談しながら「今の自分が最も楽に社会と適応できる方法」を見つけていくことです。

西洋薬と漢方薬、どちらか一方が正解というわけではなく、あなた自身の身体の「過敏さ」や生活の「生きづらさ」に合わせて、最適なバランスを「すり合わせ」ていくことが、穏やかな日常への第一歩となります。

皆さんも自分にぴったりの「すり合わせ」ができる方法を、今日から一緒に探っていきませんか?

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