
皆さんは、夜になっても目が冴えてしまったり、朝どうしても起きられなかったりすることに悩んでいないでしょうか? 「自分の意志が弱いからだ」「努力が足りない」と自分を責めていませんか?
発達障害(ASD・ADHD)を持つ方にとって、睡眠は単なる休息以上の「死活問題」となります。日中のパフォーマンスや気分の安定は、その前夜の眠りによって決まると言っても過言ではありません。
2023年5月16日にKaienが開催した特別セミナーでは睡眠専門医の渥美正彦先生をお招きし、睡眠の困難が起こるメカニズムや科学的な改善アプローチについてお話しいただきました。
※本記事は、2023年5月16日に行われたKaien特別セミナーを分かりやすく編集した記事です。より詳細な内容は、ぜひ以下のウェビナー動画をご覧ください。
不眠・眠気・寝坊 3大問題の原因と対策 睡眠専門医に聞く【発達障害と睡眠の関係】新薬の特徴から医師への頼り方まで(セミナー部分) 後半のQ&Aは別動画
6時に起こすはNG?事例で考える【発達障害と睡眠の関係】新薬の特徴から医師への頼り方まで(Q&A部分) 前半のセミナーは別動画
講師:渥美正彦先生(睡眠専門医、医療法人上島医院院長)
聞き手:鈴木慶太(Kaien代表取締役)
目次
発達障害者の半数が睡眠難民?
なぜ、発達障害があるとこれほどまでに眠りに苦しむのでしょうか。実は、研究によれば、ASDやADHDを持つ人の約3割から、多い場合では半数以上が何らかの睡眠課題を抱えていることが明らかになっているのです。
睡眠の悩みには大きく分けて3つのパターンがあります。
①入眠困難:夜になっても寝つけない
②起床困難:朝はどうしても起きられない
③日中傾眠:日中に猛烈な眠気に襲われる
これらは単なる「個人の体質」ではなく、脳の神経伝達や体内時計そのものが、定型発達の人とは異なるリズムを刻んでいる可能性が高いのです。
脳内シーソーで学ぶ!睡眠の仕組みと3つの戦略
人間が寝たり起きたりする仕組みは、シンプルな「シーソーモデル」で説明できます。私たちの脳内では、常に2つの勢力がバランスを取り合っているようなものなのです。
1.睡眠脳(眠らせる力):起きている時間が長くなるほど「睡眠物質」が溜まり、重くなって下がる力。
2.覚醒脳(起こしておく力):不安、興奮、光、外部刺激によって活性化し、睡眠脳を押し上げる力。
夜、スムーズに眠るためには、このシーソーが「睡眠脳」側に傾く必要があります。このバランスを整えるには、以下の3つが有効です。
眠る方法1:睡眠脳を強化する(重りを増やす)
シーソーを睡眠側に傾けるためには、まず「眠らせる力」そのものを強化する必要があります。 私たちの脳には、起きている時間が長ければ長いほど「睡眠物質」という眠りの重りが貯まっていく仕組みがあります。つまり、日中にしっかり活動し、「起きている時間」を十分に確保することが、夜にシーソーを一気に傾けるための最大の準備になるのです。

眠る方法2:覚醒脳を鎮める(重りを減らす)
覚醒脳とは、いわば脳の興奮スイッチです。 不安やストレス、スマホの光、あるいはカフェインなどの刺激は、この覚醒脳をぐいぐいと押し上げ、シーソーが睡眠側に傾くのを邪魔してしまいます。夜が更けるにつれて、この「覚醒の重り」を一つずつ下ろし、脳への刺激を減らしてリラックスモードに切り替えることが、スムーズな入眠の秘訣です。

眠る方法3:土台(体内時計)を動かす
最後の戦略は、シーソーを支えている「土台」そのものを調整する方法です。 人の体には「この時間になったら眠る」というリズムを刻む体内時計があります。たとえ睡眠物質や覚醒の状態が同じでも、この体内時計の土台がずれていると、シーソーはなかなか睡眠側に傾きません。 朝に日光を浴びるなどをして「支点」を正しい位置にセットすることで、夜になると自然に睡眠側へ傾くような「眠りやすい土台」を作ることができます。

今日からできる!生活習慣改革と医学的アプローチ
先述した3つの眠る方法をもとに、まずは具体的な改善策を実践してみましょう。
脳内シーソーをコントロールする3つの「快眠戦略」
① 日中の「アデノシン貯金」
日中に適度な運動をすることで睡眠物質のたまるスピードが上がっていきます。また、昼寝や早寝は睡眠物質が十分に溜まっていない状態での睡眠になってしまうため避けましょう。
② 夜の「刺激断捨離」
基本的には覚醒脳はリラックスすることで小さくなります。「寝なきゃ」という焦りは最大の覚醒スイッチです。就寝前はカフェインなどの刺激物は避け、寝る前に行っている習慣が実は却って睡眠の妨げになっていないかを確認してみましょう。
③ 朝の「光のタイマー」
夜に体内時計を夜だと思わせるためには、朝の段階で体内時計を朝だと思わせる必要があります。その最大のポイントになるのが朝日です。朝起きてすぐに太陽の光を浴びることで、約15〜17時間後に睡眠ホルモンが分泌される予約タイマーが脳にセットされます。逆に夜に光を浴びたり、週末に寝だめをしたりすると体内時計がずれてしまう恐れがあります。
薬物療法との付き合い方
「睡眠薬を飲んでも効かない」という不満をよく耳にします。それは、自分のシーソーの「どこに作用させたいか」と、薬のタイプが一致していないからかもしれません。現在、睡眠薬には主に3つの系統があります。
睡眠脳強化型(ベンゾジアゼピン系など): 脳を強制的にリラックスさせ、睡眠の重りを重くします。
覚醒抑制型(オレキシン受容体拮抗薬): 「覚醒の親玉」であるオレキシンをブロックし、覚醒の重りを取り除きます。自然な眠りに近く、翌朝のふらつきや眠気が残りにくいという特徴があります。
体内時計調整型(メラトニン受容体作動薬): 脳に「夜が来たよ」と伝え、土台を傾けやすくします。特にASDの方には、このメラトニン系の調節が非常に有効であるというエビデンスが報告されています。
ベンゾジアゼピン系は13種類、オレキシン系は2種類、メラトニン系は2種類と種類に偏りがあります。そのため、「A薬がダメならB薬」と闇雲に変えるのではなく、どの部分への作用を狙うのか主治医と相談することが、最短ルートの改善に繋がります。
発達障害だけが原因?睡眠障害との関係
ADHDの特性のある方の多くが昼間の強烈な眠気に悩んでいます。しかし、これは単に特性の問題だけでなく、医学的な原因が隠れていることがあるのです。
睡眠時無呼吸症候群(SAS):発達障害児・者の25〜30%に合併します。成人であればCPAP*を使って治療したり、小児であれば扁桃線の切除をしたりして治療を行います。
*CPAP(シーパップ): 睡眠中に鼻にマスクを装着し、空気を送り込み続けて気道を広げる治療法です。「物理的に空気の通り道を作る」ことで、呼吸の停止を防ぎ、脳の酸欠(夜間の覚醒刺激)を解消します。
むずむず脚症候群(RLS):深い眠りを阻害する不快感があり、入眠を妨げます。ADHDの方の20%~40%にこのような症状が起こる場合があります。
周期性四肢運動:上手く寝付いたあとでも、寝ている時に足が勝手に動いてしまうことがあります。この動きによって目が覚めてしまったり、頻繁に覚醒して眠気の原因になります。発達障害の方の約30%に起こる場合があります。
ナルコレプシー:寝ても寝ても居眠りを繰り返す睡眠発作、笑うと力が抜ける脱力発作があります。これもADHDと合併しているケースが非常に多くあります。
ADHDの方は、いわゆる定型発達の方と比べると数十倍の確率でこういった病気を合併することがあり、いずれも睡眠障害と深い関係があります。そのため、上記の症状がないかどうか、まずは確認してみましょう。
若い人の寝坊は普通?体内時計と修正術
若い方の寝坊は下図にもある通り、異常なことではなく正常なことです。また、我々の体内時計は24時間ぴったりで動いているわけではなく、少しずれているのです。

これが大きくずれてしまうと、医学的には「睡眠覚醒相後退障害(DSWPD)」と呼ばれます。特にADHDの人は、体内時計の1周期が24時間より長く、放っておくと毎日少しずつ夜型にズレていく傾向があります。
ではこのズレに対してどのように対応していけばよいでしょうか?
対応するためのコツは「一挙に直そうとしないこと」。「スモールステップ」で進めていくことが必要になります。
スモールステップの方法: 1週間に1~2時間単位で、少しずつ起床時間を早めていきます。海外旅行の時差ボケを直すような感覚です。
また、寝る時間は思い通りにならないので起床時間を先に早めていきましょう。
早起きするための3つのツール
少しずつ起床時間を早めていく上で3つのサポートツールを活用することが重要です。
①光のマネジメント:16時間後の「自然な眠気」を予約する
…我々の体内時計は放っておくと少しずつずれていってしまいます。それをリセットしてくれるのが「太陽の光」です。
太陽の光には3つの重要な働きがあります。
①早起き効果: 朝、適切なタイミングで光を浴びることで、体内時計の針が前倒しにリセットされます。これにより、翌朝も自然と早く目が覚める体質へと導かれます。
②朝寝坊になるリスク: 反対に、夜に強い光を浴びてしまうと、脳が「まだ昼間だ」と誤解し、体内時計の針が後ろにずれてしまいます。これが、夜更かしや翌朝の朝寝坊の大きな原因となります。
③16時間後の「眠り」を予約する:光を浴びてから約14〜16時間後(お子様の場合は16時間前後)に自然な眠気が訪れるよう、脳内物質が分泌されます。
しかし、無条件に朝に光を浴びたらよいのかと言えば実はそうではありません。自分の体内時計の中の朝の時間帯に光を浴びることが大切なので、人によっては昼~夕方に光を浴びることが適切な場合があります。

②メラトニンの活用:夜の光を遮断し、スムーズに「夜モード」へ
我々の体内ではメラトニンがリズムを作っています。メラトニンは夕方以降に増加し、メラトニンが増えることで眠りやすい状態になります。DSWPDの方に対しては外部からメラトニンを補うことでリズムが前倒しになると考えられています。
しかし、メラトニンは光を浴びることで根絶やしにされてしまうため、光をなるべく遮断することが必要です。
③睡眠ログの習慣:面倒な記録はアプリに任せ、変化を実感する
睡眠という目に見えないものをコントロールすることは難しいため、記録して可視化することが大切です。とはいえ、いちいち記録することは面倒だと感じる方も多いため、アプリを使って記録することが勧められています。
睡眠についてのQ&A
Q. 睡眠を安定させるにはどうしたら良い?
✅ 寝ようとするよりも、むしろ起きている時に出来ることを考えた方が良いという考え方があります。よりよく寝るためには昼間の生活を見直すことが必要です。。なるべく同じ時間に寝る、起きる、食事をする、外出する、人と会うといったことを安定化させることが大事となってきます。
Q. 本人をサポートする場合、決まった時間に無理にでも起こすべきか?それとも寝かせておくべきか?
✅「無理に起こす」か「寝かせておく」かの二択で考えると、うまくいかないケースが多いです。まずは睡眠の仕組みを正しく理解した上で、現実的な起床時間を設定してみるのがおすすめです。その時間をベースに、ご本人と話し合いながら「まずは15分早める」といった微調整を繰り返していくアプローチが、結果として近道になります。
Q. 早寝早起きを習慣化するためには?
✅ 「早く寝よう」とするのをやめ、「起きる時間」の固定から始めましょう。
- 「寝る」はコントロールできない:睡眠は体の自然な反応(不随意)であり、努力して早く寝ることは不可能です。一方で、「起きる(覚醒)」は自分の意思でコントロールできます。
- 「早起き」が「早寝」を作る:「早く起きるから、夜に眠気の重りが貯まり、結果として早く寝られる」という順番が正解です。
- 目標は「低く」設定する:いきなり理想の時間を目指すと失敗します。「今より15分だけ早く起きる」など、ハードルを下げて成功体験を積みましょう。
- 光と記録をセットに:起きたらすぐに太陽の光を浴び、時間を記録する。この2つが翌日のリズムを予約します。
💡 アドバイス そもそも睡眠時間自体が足りていない可能性もあります。まずは下の画像で、自分に必要な睡眠量が確保できているか確認してみましょう。

Q. 睡眠薬の止め時や止め方はどうすれば良いか?
✅ 止めることを考える前に、以下の3つを達成しているかを確認しましょう。
①現状それなりに眠ることができている
②主治医が止め始めたり、減らし始めたりすることに同意していること
③睡眠薬以外での寝る工夫がある程度出来ているか
その上で、効く時間が短いものから長いものに変える、1錠のうち4分の1ずつ減らすなど徐々に減らしていくことが重要です。
睡眠を整えることは、自分を「思いやる」こと
睡眠の問題は、決してあなたの努力不足や根性のなさが原因ではありません。脳のシーソーがうまく調整できていない状態にあるか、あるいは、医療の力を借りて整えるべき原因が隠れていることもあります。
「どうすれば覚醒の勢いを鎮め、睡眠のパワーを引き出せるか。光や薬というツールを味方につけながら、自分にとって一番心地よいシーソーのバランス(黄金比)を見つけていく」
この対応は、自分自身の特性を理解し、自分を大切に扱うプロセスとなります。皆さんもまずは、今夜の睡眠を記録することから始めてみませんか?


