
近年、発達障害を公表し、自分の言葉で発信する当事者が増えています。その姿に励まされる人がいる一方で、注目が集まるほど、批判の矛先も向きやすくなる。「オープンにすること」には、光と影の両方があります。
2026年8月、イギリスで一人の研究者が亡くなりました。ジェイソン・アーデイ氏、41歳。自閉スペクトラム症(ASD)の診断を公表し、ケンブリッジ大学史上最年少の黒人教授として注目を集めた人物です。一方で、論文の盗用疑惑や経歴の誇張が次々に指摘され、激しいバッシングの渦中にありました。
日本ではあまり知られていないこの出来事を、Kaienは「遠い国のニュース」として片づけられませんでした。ASD当事者で、自身も研究者として発信を続ける横道誠先生とともに、「失敗しても孤立しない社会とは何か」を考えます。
この記事でわかること
- ジェイソン・アーデイ氏をめぐる出来事の概要と、何が問題とされたのか
- 「発達障害=天才・異能」という物語が持つ危うさ
- 障害をオープンにして発信することの価値とリスク、SNS炎上との付き合い方
- 失敗しても孤立させない「ケアの社会」に向けて、私たちにできること
※本記事は、2026年8月に行われたKaien特別セミナー(緊急版・YouTubeライブ)を分かりやすく編集した記事です。より詳細な内容は、ぜひ以下のウェビナー動画をご覧ください。
イギリスの名門ケンブリッジ大学で起こった悲劇 ~発達障害当事者を死に追い込まない社会を考える~
講師:横道誠先生(京都府立大学文学部准教授)
文学博士(京都大学)。ドイツ文学研究者。自身もASD・ADHDの診断を受けた当事者で、当事者研究や自助グループの活動にも深く関わる。『みんな水の中』をはじめ著書多数。
聞き手:鈴木慶太(株式会社Kaien代表取締役)
英ケンブリッジ大の「最年少黒人教授」に何が起きたのか
当社代表の鈴木は、セミナーの冒頭でこの出来事を「情報量が多すぎるネタとして消費されている」と表現しました。黒人、移民、ASD、名門大学の権威、そして経歴に関する疑惑。これだけの要素が一人の人生に重なっていたのです。
| 時期 | できごと |
| 1985年 | ロンドンでガーナ系の家庭に生まれる |
| 3歳 | 自閉スペクトラム症(ASD)と診断される |
| 11歳/18歳 | 初めて言葉を発した/読み書きを学び始めた(本人談) |
| 2023年(37歳) | ケンブリッジ大学の教育社会学教授に就任 |
| 2025年9月 | リヴァプール・ジョン・ムアーズ大学側に博士論文の盗用の申し立てが寄せられる |
| 2026年3月 | 同大学が意図的な盗用ではないと結論づけ、博士号を維持*1 |
| 2026年7月 | 博士論文の盗用疑惑が再燃。ほかの論文の問題や経歴の誇張も相次いで報じられる |
| 2026年8月5日 | 大学が調査開始を発表。大学を辞職 |
| 2026年8月14日 | ロンドンで亡くなる(事件性はないとされる) |
*1 学位を授与したリヴァプール・ジョン・ムアーズ大学は、2026年3月に意図的な不正(Plagiarism)ではなく、誠実かつ合理的な錯誤(honest and reasonable error)であると結論づけ、博士号を維持している。
疑惑は論文だけにとどまりませんでした。「本当は子どもの頃から普通に話していた」という同級生の証言。一方で、「中学生になるまで話していなかった」という別の同級生からの証言。(*記事作成時、どちらも確証なし)。未出版の本を出版済みとしていたこと。チャリティマラソンの実績やそれによる寄付額など、事実もあるものの、一部正確性の裏付けが取れないエピソード。
そして、大学の任用のあり方も批判の対象になりました。大学がアーデイ氏を、多様性推進の「ポスターボーイ(広告塔)」として扱ったのではないか。そんな指摘もあったのです。
アーデイ氏の研究者としての実力は?ASD当事者だからこそ見えること
では、研究者としてのアーデイ氏はどうだったのでしょうか。横道先生は、論文を実際に読んだうえでこう整理しています。
【研究の着眼点】
教員養成やピアメンタリングの研究から始まり、イギリスの大学における人種的な不平等、黒人学生・教員のメンタルヘルスへと関心を広げ、近年は「ニューロダイバーシティ(脳や神経の多様性)」にも踏み込んでいました。一貫していたのは、「大学は誰を『普通の研究者』と認め、誰を周縁化しているのか」という問いです。
横道先生が特に興味を持ったのは、同じく黒人で神経発達の特性を持つ研究者、シャンテル・ルイス氏との共著論文*2でした。白人であること、定型発達(いわゆる発達障害のない人)であること。アカデミックな世界にもこの「二重の規範」がある、と告発する内容です。
一方で、研究上の問題があったことも、横道先生は率直に認めます。先行研究とそっくりの文章。他の論文に登場するインタビューと似ている発言。110%になっている男女比の合計。問題を見つける力や発信力、自己演出の力は高かったものの、世界最高峰の大学の教授としては「研究業績が薄い」という批判もあったようです。
*2 Lewis, C. J., & Arday, J. (2023). We’ll see things they’ll never see: Sociological reflections on race, neurodiversity and higher education. The Sociological Review, 71(6), 1299-1321. https://doi.org/10.1177/00380261231184357
「11歳まで話せなかった」は本当にウソだったのか
では、「話せなかった」「読み書きできなかった」という語りは、単なる作り話だったのでしょうか。ここで横道先生は、自分の子ども時代を振り返ります。
小学生の頃、先生自身にも場面緘黙(ばめんかんもく)の経験があったといいます。 家では話せるのに、学校など特定の場面になると、声がまったく出なくなる状態のことです。「全く喋れなかったと言ったら嘘になる。でも場面によっては黙り込んで、まともにコミュニケーションできなかった」。アーデイ氏が言いたかったのは、そういう体感だったのかもしれない、と先生は推測します。
読み書きについても同じです。アーデイ氏はディスレクシア(知的な遅れはないのに、文字の読み書きに特有の困難がある学習障害の一種)を抱えていたとされます。周りの人のように話せない、書けない。その苦しさは、本人の主観の中では「話せなかった」「書けなかった」という記憶になりやすいものです。
「感動ポルノ」に利用されたのか? 日本でも繰り返されてきた英雄物語
「3歳でASDと診断。11歳まで話せず、18歳まで読み書きできなかった青年が、37歳で名門大学の教授に」。これほど劇的なサクセスストーリーは、なかなかありません。障害のある人を、健常者に感動を与える道具として消費することを「感動ポルノ」と呼ぶことがあります。横道先生は、大学側がインクルージョン(多様な人を排除せず包み込むこと)の宣伝に利用した面はあっただろう、と見ています。ただし、アーデイ氏自身も進んでそうアピールしていた面があった、とも。
ここで先生が挙げたのは、日本で起きた三つの出来事です。
| 年 | 人物・できごと | 何が起きたか |
| 2000年 | 藤村新一氏(旧石器捏造事件) | 「神の手」と称賛されたが、自ら石器を埋めていたことが発覚。その後、心身に深刻な不調を抱えたと報じられた |
| 2014年 | 佐村河内守氏 | 「耳の聞こえない作曲家」として話題になったが、ゴーストライターの存在が明らかに |
| 2014年 | 小保方晴子氏(STAP細胞) | 世界的な成果として報じられたが、研究不正が認定され論文は撤回 |
事実関係も責任の重さも、それぞれ違います。それでも共通点がある、と先生は指摘します。
『社会やメディアは一人の人間を英雄として扱い、物語が破綻したら、その人の人生や人格全体を「嘘だった」「騙された」という話にしてしまう』
英雄にするのも、詐欺師一色に塗り替えるのも、どちらも極端です。文学研究者として「物語」を見つめてきた横道先生は、今回の出来事をさまざまな人の「共犯」によって起きたものとして読み解きます。アーデイ氏にも責任はある。でも、大学にも、告発者にも、メディアにも、それぞれの責任がある、と。
なお、疑惑を公に広めた研究者は、人種と知能の関係について差別的とも評される主張をしてきた人物でした。勤務先の大学から調査を受けたと報じられています。ただし、だからといって指摘された疑惑がすべて的外れだったわけでもない。ここが、この問題のややこしいところです。
「発達障害=ギフテッド・天才」説とどう付き合うか
少し立ち止まって考えたいテーマがあります。「発達障害のある人には、実は特別な才能がある」という考え方です。実はKaienの創業の原点にも、こうした思いがありました。発達障害の人が持つ、他の人にはない力を生かしたい。だからこそ鈴木は、今回の出来事に「自分の中でも引っかかるものがある」と打ち明けています。
横道先生の答えは、当事者としての複雑な思いがにじむものでした。
- 特性が力になることはある:一つのことをじっくり考える、細部にこだわる、膨大な資料を飽きずに読み込む。ASDの特性が研究の世界で有利に働く場面は確かにある
- でも「ASDだから天才」はステレオタイプになる:反発する人も生むし、特別な才能のない当事者は「障害がある上に、才能もないのか」と二重に苦しむことになる
アーデイ氏自身も、共著の中で「私たちは例外であって、標準ではない」と書いていたといいます。自分を黒人やニューロダイバーシティの代表にするつもりはない、と。
「ニューロダイバーシティ」は、日本ではキラキラした言葉として使われがちです。でも本来は、「障害は実は才能だった」と言い換えるための言葉ではありません。役に立つ能力があるかどうかに関係なく、どんな脳を持つ人も尊重されるという考え方なのです。
「わが子の存在を何とか高めてあげたい」と願うのは、親として自然な気持ちです。では、どう向き合えばよいのでしょうか。横道先生の答えはシンプルでした。本人が「自分は天才だ」と思いたいなら、冷静に付き合いつつ肯定すればいい。その物語に苦しんでいるなら、この子には合わない物語なのだと受け止めればいい。主役は、あくまで本人です。
障害をオープンにして発信する「セルフプロデュース」はアリ?
YouTubeやTikTokでは、自分の障害や生活を発信する当事者が増えています。横道先生自身も「セルフプロモーションの代表的人物の一人」だと、その価値をはっきり認めます。専門家は外側から見て、当事者は内側から見る。両方の視点がそろってこそ、支援者も含めて協力し合えるからです。ただし、落とし穴もあります。
『当事者の語りは、あくまで「n=1」。一人称単数の話であって、一人称複数の話ではない』
ASD当事者だから、ASDについて語ることが全部正しいわけではありません。この自覚を失うと、当事者の語りは暴走しかねません。アーデイ氏は、初期の研究で「ASDのために模倣に頼った部分があった」と弁明していました。横道先生は、カモフラージュ(定型発達の人のふるまいを必死に真似て、周囲に溶け込もうとすること)を重ねて生きてきた当事者として、その感覚自体は「よくわかる」と言います。それでも、その説明は「ASDの人は研究不正をしやすい」という誤解を生みかねない、とも指摘しました。
当事者が研究者として働く難しさ――二重のマイノリティ
研究そのものは、ASDの思考パターンと相性がいい。しかし現代の大学教員の仕事は、研究だけではありません。 授業、学生対応、事務作業、会議、職場の人間関係。実は定型発達の人のほうが生きやすい世界なのだ、と横道先生は語ります。
さらにアーデイ氏は、イギリスでは圧倒的な少数派である黒人でもありました。彼は論文の中で、「カモフラージュ」と「コードスイッチング」の二重の苦しみを書いていたといいます。コードスイッチングとは、話す相手によって言葉づかいや話し方を切り替えることです。黒人同士で話すときと白人と話すときで、言葉を変える。発達障害者としては定型発達を演じ、黒人としては白人社会に合わせる。
横道先生は、この「複数のマイノリティ性が重なる」視点が、日本の発達障害支援の現場でももっと話題になってよいと考えています。発達障害の支援の場では、どうしても「発達障害」の部分だけに光が当たりがちなのです。
発達障害当事者は「SNS叩き」とどう付き合うべきか
今回の出来事で、イギリスでは数週間のうちに数百本規模の記事が出たと報じられています。横道先生が整理したキーワードは、「批判」「検証」「糾弾」の三つでした。
- 批判される義務はある:研究者の研究は吟味されるべきもの
- 検証される義務もある:疑問があれば調べられて当然
- でも、糾弾され続ける義務はない:犯人探しのネットリンチは別問題
新しいエピソードを掘り起こしては、連載コンテンツのように報じ続ける。それはマスメディアの責任だ、と先生は言います。
では、もし自分が炎上してしまったら?先生からのアドバイスは、具体的で現実的なものでした。
- 焦らない。まず必要な事実関係を確認する
- 自分に非があると判断したなら、公式に訂正・説明する
- 「謝っていない」といった声に振り回されず、度を越えた中傷はブロックする
- 脅迫などがあれば警察に相談する
『誰もが発信者になる時代ですが、全員を納得させる義務なんて、はっきり「ない」と思います』
よく言われる「2:6:2」という目安も紹介されました。2割は好意的、6割は無関心、2割は敵対的。炎上すると敵対的な2割ばかりが目に入ります。でも実際には、大多数は無関心。そして味方は、怖くて声を上げられなくても、黙ってそばに残ってくれていることが多いのです。
失敗しても孤立させない社会とは
最後に、セミナーのタイトルでもある大きな問いに向き合います。横道先生が示したのは、「失敗できるインクルージョン」という考え方でした。障害があっても、批判されるべきときは批判される。責任を取るべきときは責任を取る。そこに障害の有無は関係ありません。しかし、そのときに人間としての尊厳が踏みにじられるのは、間違っています。横道先生は今回の出来事を以下のように表現しました。
『彼はインクルージョンの象徴として利用されたのに、実はインクルージョンされていなかったことが明らかになって終わった』
責任を追及することは必要だったかもしれない。でも、精神的に追い詰められていた彼に、適切な支援やケアは届いていたのか。犯人探しに夢中になったメディアやSNSは「幼稚だった」と先生は振り返ります。
「自分がそのままでいられる場所」を複数持つ
鈴木が強調したのは、自分がそのままでいられる居場所をいくつか持っておくことでした。自助グループの活動に関わってきた横道先生も、深くうなずきます。つらいとき、人は誰でも「自分だけが苦しい」と感じてしまうものです。でも、同じ経験をした人が集まる場に行くと、視野がふっと開ける。この場面では厳しいけれど、別の場所でなら息ができる。そんな場所が、アーデイ氏にはどれだけあったのだろうか、と先生は気にかけていました。
Kaienの就労移行支援や自立訓練(生活訓練)、リワーク(復職支援)も、スキルを身につける場所であると同時に、同じような悩みを持つ仲間と出会える場所でもあります。職場や家庭とは別の「もう一つの居場所」を持つことは、思っている以上に心の支えになるはずです。
セミナーで寄せられたQ&A
💡 Q. 私もASDで、小学校では音読ができず、中学生になってできるようになりました。アーデイ氏の「話せなかった」は本当にウソなのでしょうか?
A. 横道先生は、本人の主観と周囲から見た事実がズレることはあり得ると答えました。周りの人のように話せない・書けないと感じていれば、本人の記憶の中では「話せなかった」「書けなかった」になりやすい。ただ、アーデイ氏はその点を強く言いすぎた面もあったのではないか、とも話しています。鈴木は「引くに引けなくなった部分もあったのでは」と補足しました。
💡 Q. 社会的な大炎上でなくても、身近なコミュニティでの誹謗中傷にどう向き合えばいいですか? 発達障害があると問題が大きくなりそうで不安です。
A. 横道先生の答えは、炎上の規模にかかわらず共通です。まず焦らず事実を確認し、非があれば正式に説明する。度を越えた中傷はブロックし、脅迫には警察を頼る。そして「全員を納得させる義務はない」と知っておくこと。黙って見守っている味方は、目に見える以上にいるものです。
💡 Q. 逃げ道やシェルターを用意しておかないと、追い詰められてしまう人もいるのでは?
A. 鈴木も横道先生も、強く共感していた意見です。先生は、自助グループのように「同じように苦しい人がいる」と実感できる場の大切さを挙げました。所属する場が一つしかないと、そこで居場所を失ったときに逃げ場がなくなります。複数の居場所を持つこと自体が、セーフティネットになるのです。
💡 Q. 彼には、そうしなければ生きていけなかった背景があったのでは?
A. 横道先生は、かつてドイツやオーストリアで暮らした経験を重ねて答えました。現地では自分も少数派の外国人で、ASDの特性もあり、強い孤独を感じていたといいます。アーデイ氏も、苦しいほど疎外された「アウトサイダー」だったのではないか。その孤独が、極端な言い方につながっていった面があるのかもしれない、と推し量っています。
横道誠先生からのメッセージ
『ケアされる人というのは、基本的に問題がある人なんです。問題のない人だけがケアされる社会だったら、ケアなんて必要ない。間違えたとき、失敗したとき、苦しい状況にはまってしまったとき――それは誰にでも起こり得ます。そういうときでも見捨てられない「ケアの社会」が生まれてほしい』
依頼からわずか2日ほど。横道先生はアーデイ氏の論文を自ら読み込み、どう語るべきかを練り上げてセミナーに臨みました。その言葉には、遠い国の他人事ではなく、「自分もこうなっていたかもしれない」という当事者としての実感がにじんでいます。「ケア」は、キラキラした言葉ではありません。つまずいた人にこそ必要なもの。その当たり前を、先生はまっすぐに言葉にしてくれました。
まとめ:Kaienとしてお伝えしたいこと
- 「障害を乗り越えた天才」という物語は、人を持ち上げもするし、破綻したときには一気に突き落としもする
- 特性が強みになることはある。でも、才能の有無に関係なく、どんな人も尊重されるべき存在である
- 当事者の発信には大きな価値がある。同時に、それは「n=1」の語りだという自覚も大切
- 批判や検証は受けても、糾弾され続ける義務はない。全員を納得させなくていい
- 失敗しても孤立させない。そのために、自分がそのままでいられる場所を複数持つ
ジェイソン・アーデイ氏の死は、私たちに重い問いを残しました。完璧な人だけが受け入れられる社会は、本当の意味でのインクルーシブな社会ではありません。Kaienは、強みを生かすことと同じくらい、つまずいたときに戻ってこられる場所であることを大切にしたいと考えています。
うまくいかない日があっても大丈夫。一人で抱え込まず、頼れる場所を一緒に増やしていきましょう。
つらい気持ちを一人で抱えている方へ。誰かに話すことで、少し楽になることがあります。
厚生労働省の「こころの健康相談統一ダイヤル」(0570-064-556)では、電話をかけた地域の公的な相談窓口につながります(受付時間は地域によって異なります)。
厚生労働省のサイト「まもろうよ こころ」では、電話やSNSで相談できる窓口も紹介されています。
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます。
*学習障害は現在、DSM-5では限局性学習症/Specific Learning Disability、ICD-11では発達性学習症/Developmental Learning Disorderと言われます。
Kaienでは、就労移行支援・自立訓練(生活訓練)・リワーク(復職支援)・ガクプロ(学生向け)のサービスを提供しています。発達障害、精神障害の方の支援に特に強みを持つKaienは、就職率86%、就職後半年の定着率95%の実績があります。一人ひとりの特性に合わせたプログラムを用意しておりますので、まずはお気軽にご相談ください。
▼見学・個別相談会のお申し込みはこちらから
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