「自分はどこか変かもしれない」。幼少期から抱えていた違和感は、大人になり、社会の壁にぶつかる中で確信へと変わりました。一度はデザインの世界でプロとして歩み始めたものの、特性との折り合いがつかず、メンタルを崩してしまったHさん。
彼女が再起の場に選んだのは、自立訓練(生活訓練)でした。クリエイティブへのこだわりを一度手放し、「長く働き続けるための自己理解」に徹底的に向き合ったHさんの変化と決断のプロセスを伺いました。

▼Hさんの簡単なプロフィール
- 年齢:20代
- 診断名:ADHD(注意欠如・多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)
- 苦手なこと:臨機応変な対応、騒がしい場所での集中、複雑な業務、数字や時計の読み取り
- 就職先:特例子会社(iPhoneの初期化業務・文書電子化業務)
- 利用サービス:自立訓練(生活訓練)
目次
「算数」と「順番待ち」に苦労した幼少期。中学で突きつけられた「浮いている」という感覚
――― まずは、Hさんの幼少期について教えていただけますか。
親からは「手がかからない子だった」と聞いています。ただ、当時から「順番に並ぶこと」がすごく苦手だった記憶がありますね。小学校に入ると、些細なことですぐに泣いてしまって、先生に助けを求めては「また泣いているのか」と呆れられていたような、そんな子どもでした。
――― 変化があったのはいつ頃でしょうか。
中学校に上がってからですね。明らかに周りから「浮いている」と感じるようになりました。なぜかクラスメイトと会話が続かなくなり、喧嘩も増えてしまったんです。先生からも「そういう態度は良くない」と怒られるのですが、自分では何が良くないのかがわからなくて……。「なんで、なんで?」と、いつも混乱していました。
――― 学習面でも、苦労を感じる場面があったのでしょうか。
はい。小学生の頃から算数は得意ではありませんでしたが、中学になると全くできなくなってしまって。忘れ物も多いし、みんなができることが自分にはできない。「自分は中学生なのに若年性認知症なんじゃないか」と本気で悩んでいた時期もありました。
恩師との出会いと、初めてついた「ADHD」という診断名
――― その後、中学生の時に発達検査を受けられたんですよね。
はい。部活の顧問の先生が支援級を担当していた方で、私の特性にいち早く気づいてくれたんです。私自身も「自分はおかしい」と相談していたこともあり、検査を受けることになりました。結果はADHDの診断と、算数障害のグレーゾーン。当時は通級指導教室に通いながら、なんとか学校生活を維持していました。
――― その後は、高校へと進学されたのですね。そこではどうでしたか?
高校が一番きつかったですね。「支援がある」と聞いて選んだ学校だったのですが、担任の先生に全く理解がなくて。クラスメイトから特性についてアウティング(本人の許可なく公表されること)をされたり、無視をされたり……。3年間ずっと人間関係で苦しみました。1年生の時は行き渋りもありましたが、家でオンライン教材を使って一人で勉強して、なんとか卒業までこぎつけたという感じです。
――― 厳しい環境でも、自力で学習を続けられたのは素晴らしいです。
周りからは真面目だと言われますが、私自身はただ「生きるのに必死」だっただけなんです。
憧れのデザイン業界で直面した、特性ゆえの「二次障害」と挫折
――― 就労移行支援を経て、一度はイラストレーターとしてお仕事をされていたと伺いました。
クリエイティブ系の学校を出たので、病院の広報部門でデザイナー兼クリエイターとして働いていました。でも、そこでの経験が大きな挫折になりました。デザインの現場は常に「急な変更」の連続で、締め切りの1時間前に指示が変わることも。臨機応変に動くのが苦手な私には、負荷が大きすぎたんです。
――― 現場の雰囲気も厳しかったのでしょうか。
はい。上司がとても厳しい方で、「給料をもらっているんだからプロとして動け」と。まだ研修期間中だったのですが、相談しても助けてもらえず、最終的には私を含む当時の新人全員が辞めてしまいました。精神的にも追い詰められ、このままではいけないと、Kaienの自立訓練(生活訓練)を利用することに決めたんです。
自立訓練で取り組んだ「自分のトリセツ」のアップデート
――― 自立訓練では、どのような目標を立てて過ごしていましたか?
まずは「自己理解の深化」と「メンタルケア」です。前職でボロボロになった心を整えながら、なぜ自分がつまづいたのか、どんな環境なら安心して働けるのかを考え直しました。最初は環境に慣れることだけで精一杯でしたが、徐々に「デザイン以外の仕事も視野に入れよう」と思えるようになりました。
――― Kaienでの訓練の中で、特に印象に残っていることはありますか。
土曜セッションの体験会で「チョコフォンデュ」をしたり、お茶会をしたりしたことですね。他の利用者さんとリラックスして話せる場がとても楽しくて。最終的には体験会の実行委員で副リーダーを任せていただけるまでになりました。
就労移行と違って、自立訓練(生活訓練)は「就活の進捗」に周囲を急かされる感覚がありません。そんな穏やかな環境だったからこそ、他人の感情に左右されず、自分自身の特性とじっくり向き合えたのだと思います。
――― その中で得られた「気づき」はどのようなものでしたか。
企業検索を32社ほど行い、結果的に実習や企業見学を12社ほど経験したのですが、そこで「特例子会社や障害者雇用ならどこでも自分に合う環境が整っているわけではない」という現実を肌で感じました。
ある実習先では、敬語の使い方や、話している最中の些細な動作について、かなり厳しくご指摘いただいたことがありました。その時の私は、「ここも前職と同じだ」と感じてしまったんです。
――― 今回の内定先は、どこがご自身と合っていると思われたのですか?
内定先の会社は、実習のフィードバックの際も「ここはダメ」と切り捨てるのではなく、「こうすれば良くなりますよ」と、私が飲み込みやすい言葉で伝えてくださいました。
また、上司の方も、実習初日に情報量の多さで疲れてしまった時、「言ってくれてありがとう。休んでいいよ」と声をかけてくれたんです。その一言で安心して業務に臨めました。
――― 会社側の伝え方や見守り方が、Hさんに合っていたのですね。
はい。自分に合う職場を見極めるには、ただ待つのではなく、自分から相談すること、そして「自分にとって何が大事か」を考え続けることが大切だと学びました。
優先順位の転換。「やりたいこと」から「長く働ける安心」へ
――― 今回の就職先は、PCキッティングなどのIT事務ですね。以前のデザイン職とは異なりますが、迷いはありませんでしたか。
正直、最後まで迷いました。でも、最終的に選んだのは「安心感」です。内定先の会社は、マニュアルが驚くほど分かりやすく、上司が社員一人ひとりを本当によく見てくれています。「ここなら長く働ける」と確信しました。
――― 過去のつまづきが、企業選びの基準に活きたのですね。
はい。以前は「クリエイティブであること」が最優先でしたが、今は「誠実な会社で、自分の特性を活かして安定して働くこと」が一番の優先事項です。気持ちの切り替えが早くなり、困った時にすぐ相談できるようになったのも、Kaienでの経験を通して変わった大きなポイントですね。
支援を受ける側から、いつかは「恩返し」をする側へ
――― いよいよ新生活が始まりますが、これからの目標を教えてください。
短期的には、今の業務をしっかり覚えて、必要な資格を取得したいです。上司の手を借りずに責任を持って業務を完遂できるようになりたい。そして長期的な夢もできました。実は大学で「絵本論」を専攻していて成績も良かったので、いつか「絵本専門士」の資格を取りたいんです。
――― 絵本専門士、素敵な響きですね。
発達障害のあるお子さんやその親御さんに、読み聞かせをしたり絵本を選んだりするボランティアができればと思っています。Kaienで「自分も支援を受けたから、次は恩返しがしたい」と話す仲間に出会い、私も自分の得意分野で誰かの力になりたいと思うようになりました。いつか、支援を受ける側から、当事者を支える側へ。そんな未来を形にしていきたいです。
付録~Hさんについて~

――― 休日はどんなふうに過ごされていますか?
最近はゲームのリアルイベントや、作品展に行くのが一番の楽しみです。数ヶ月前にも大きなイベントがあって、友達と一緒に出かけてきました。家にいるときは、ゲームをしたり絵を描いたり……趣味に没頭している時間が多いですね。
――― 「クリエイティブ」なことが本当に好きなんですね。
そうなんです。今はグループホーム住まいで設備が足りなくてお休み中ですが、実家にいた頃はお菓子作りもよくしていました。「作れて美味しいなら最高だな」って。没頭できる時間は私にとってとても大切です。
――― 没頭できるほど、好きなことに夢中になれるのは良いですね。
実は、そこが今の課題なんです(笑)。何事にも全力になりすぎてしまって、夜にそのまま寝落ちしてしまったり、疲れを翌日に持ち越してしまったりすることがあって。でも、せっかく決まった仕事なので、長く続けるためにも「上手な休み方」も見つけていきたいと思っています。
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