16年のキャリアと突然の挫折。大人になって知ったADHDを経て、子育て・家庭と仕事の両立を叶えた私の選択 

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「自分の努力が足りないからだ」――。周りの子と同じように集団行動ができず、大人になってからも仕事でキャパオーバーを経験したHさん。16年勤めた会社を休職し、心療内科を受診したことで、長年の生きづらさの理由がADHD(注意欠如・多動症)にあると判明しました。

そこから就労移行支援事業所に通い、自己理解を深めたHさんは、現在、念願だった総合病院の薬剤部で「薬剤補助」の役割を担い、充実した日々を送っています。本記事では、Hさんのこれまでの歩みと、訓練を通じて変化したコミュニケーションへの意識について、詳しくお話を伺いました。

▼Hさんの簡単なプロフィール


  • 年齢:40代
  • 性別:女性
  • 診断名:ADHD(注意欠如・多動症)
  • 苦手なこと:大人数での集団行動、コミュニケーション、指示理解、細かなケアレスミス
  • 利用サービス:就労移行支援
  • 就職先:総合病院(薬剤部・薬剤補助職/障害者雇用/短時間勤務)


幼少期からの違和感。集団行動の波になじめず「問題児」のレッテルを貼られた学生時代

――― まずはKaienを利用される前のことについて教えてください。幼少期や学生時代は、どのようなお子さんだったのでしょうか。

幼少期の頃は、すごく好奇心が旺盛で活発な子どもでした。人懐っこい性格で、知らない人にでも自分からどんどん声をかけに行ってしまうようなタイプだったんです。

ただ、小学校に入学してからは少しずつ様子が変わっていきました。いわゆる「集団行動」が求められるようになると、周りとの違いや違和感を覚えるようになったんです。

――― 具体的に、どのような場面で違和感や困りごとがあったのですか。

例えば授業参観のときですね。普通なら親が見にきていると、多少の緊張感を持ってビシッと椅子に座ると思うのですが、私はどうしてもじっと座っていることができませんでした。だらっと座ってしまったり、頬杖をついて先生の話を聞いているのかいないのか分からない状態になってしまって。参観が終わった後、母からものすごく怒られたのを今でもよく覚えています。

学年が上がるにつれて集団行動の意味がどうしても理解できず、みんなが並んでいるのに1人だけ勝手に遊び始めてしまったり、突然人と違う行動をとって周りを驚かせてしまったりすることが増えました。先生からは「話を聞けない問題のある子」としてレッテルを貼られてしまい、学校がとても過ごしづらい場所に変わっていったんです。

――― 周囲の反応が変わっていくのは、とても傷つきますよね。

そうですね。小学校低学年の頃は友達がいたのですが、年齢を重ねるにつれて、周囲から「なんかあの子、ちょっと変だな」と思われて離れていってしまって。

その影響が大学時代までずっと響いてしまいました。どうしても人に対する恐怖心が拭えなくなり、自分から人の輪に入ったり、話しかけたりすることができなくなってしまったんです。友達もあまり作れず、振り返ると本当に辛い学生時代だったなという記憶があります。

3社目で築いた16年のキャリア。育休明けの「正社員登用」と異動がもたらした、突然の限界

――― 大学を卒業されてからは、すぐに社会人として働かれたのですか。

大学卒業後の1年間は資格の勉強をしていたため、就職したのはその次の年からになります。これまでに3社経験していまして、1社目は学習塾の事務員、2社目は医療系の専門学校で経理補助や教務事務として先生方のお手伝いをしていました。そして3社目は、大学時代に取得していた「宅地建物取引士」の資格を活かしたいと思い、不動産業界の企業に就職しました。そこに最終的に16年間勤めることになります。

――― 不動産業界で16年! ひとつの会社でそれだけ長く勤め上げられたのは、すごいことですね。そこからKaienを利用することになったきっかけは何だったのでしょうか。

実は5年前に出産を経験しまして、育児休業が明けた後は、まずパートタイマーという形で同じ職場に復帰したんです。

その形態で1年ほど働いていたのですが、会社が深刻な人員不足に陥ってしまい、再び正社員として働き始めました。そこで異動があったのですが、配属されたのが会社の中でもかなり忙しい部署でした。1人に課される業務の負担が大きすぎて、完全に私のキャパシティを超えてしまっていたんです。最初の1ヶ月間は引き継ぎをしながら何とか働いていましたが、まだ子どもも小さかったですし、家庭との両立も含めて心身ともに限界を迎えてしまいました。

そしてある日、うつ病を発症してしまったんです。心療内科を受診したところ、主治医の先生に相談し、そのまま傷病手当金をいただきながら、1年7ヶ月間の休職期間に入ることになりました。

「もう一度働きたい」という消えない願い。4社見学して見つけた、Kaienだけの強み

――― 16年勤めた場所から突然離れることになり、本当に大変な時期だったと推察します。休職期間中はどのように過ごされていたのですか。

最初の数ヶ月間は、とにかく治療に専念して心を休めることに徹しました。ただ、長年働き続けてきたこともあり、体調が少し落ち着いてくると「やっぱりもう一度、何かしらの形で社会に出て働きたい」という強い思いが消えなかったんです。

元の会社はキャパオーバーで潰れてしまった恐怖があったので、復職ではなく転職を目指そうと決めました。そこからWEBで「就労移行支援」について調べたところ、Kaienに巡り合ったんです。

――― 結果的に、Kaienを選んだ理由があれば、教えてください。

はい。Kaienを含めて4カ所ほど見学に行きました。その中で、Kaienだけが他の3社と決定的に違う部分があったんです。それが、プログラムの中に「上司役の講師」が配置されているという点でした。

――― 「上司役」がいることが、Hさんにとって魅力に映ったのですね。

そうです。模擬職場の体験プログラムの段階から、自分が取り組んでいる業務の進捗状況を上司に「報告・連絡・相談(報連相)」するという練習ができる環境でした。「これこそが、まさに今の自分に必要な、実際の仕事で役に立つ訓練だ」と直感したんです。

ただ作業をするだけでなく、上司役の先生がいるKaienで訓練を積むことが、これからの自分のためになるだろうと確信し、休職中のままKaienに入所することを決めました。

自己理解から始まった訓練。苦手を工夫で潰し、人と繋がる喜びを知った「しゃべり場」

(Hさんの大好きなモンチッチのぬいぐるみ)

――― Kaienに入所されてからは、どのような訓練からスタートしたのでしょうか。

入所直後は、まず「自己理解」から始めました。当時はまだ自分自身の特性や、何が好きで何が苦手なのかを客観的に整理できていなかったんです。スタッフの方と細かくコミュニケーションを取りながら、じっくり自己分析に取り組みました。

まずは1人でコツコツ取り組めるデータ入力の作業から始め、慣れてきてからは軽作業に移りました。数人のチームでKaienのパンフレットを組み立てる共同作業などを行ったのですが、お互いに教え合いながらグループで仕事を進めることに、大きな魅力を感じるようになったんです。

――― 過去の集団行動への恐怖心を考えると、グループワークに魅力を感じられたのは大きな変化ですね。

本当にそう思います。Kaienでは週に1回、月曜日に「しゃべり場」というプログラムがあり、決まったテーマについて自分の意見を述べたり、その他にも面接の練習をしたりする場がありました。

学生時代や前職では、自分の意見を言って否定されるのが怖かったのですが、Kaienの仲間はみんなそれぞれの特性や生きづらさを抱えているので、すごく共感してくれるんです。「それ、よく分かるよ」と、年齢に関係なくどんな意見も受け止めてくれる安心感がありました。この温かい環境があったからこそ、少しずつ人とコミュニケーションを取る恐怖心が薄れ、自信を取り戻していくことができました。

――― 訓練の中で、ご自身の「得意なこと」や苦手なことへの「工夫の仕方」も見つかりましたか。

軽作業の中で、部品の「ピッキング(検品・仕分け)」の訓練に挑戦させていただいたのですが、時間を忘れるほど集中できて、自分がこの作業をすごく「好きだ」と気づけたんです。

もちろん、最初のうちはケアレスミスもありました。後から数をチェックすると、1つ多かったり少なかったりして、自分の注意欠如の特性が出てしまうんです。でも、そこで諦めるのではなく、日誌に「なぜ間違えたのか」「次はミスを減らすためにどう意識するか」を具体的に書いて振り返りをするようにしました。

講師の方々も、それに対して毎回的確なアドバイスや励ましのコメントをくださるので、モチベーションを保ったまま、一歩一歩「できないことを潰していく」という作業を繰り返すことができました。この振り返りの習慣のおかげで、訓練後半には高い正確性を身につけることができたと思います。

点と点がつながったADHDの診断。手帳を取得し、障害者雇用で「長く安心できる働き方」へ

(大好きなモンチッチ集めで、つい最近は近鉄百貨店阿倍野のモンチッチ展へ行ってきたそうです)

――― 訓練を開始して7ヶ月ほど経った頃から就職活動を始められたそうですが、今回は「障害者雇用」という選択をされましたね。その背景にはどのような思いがあったのでしょうか。

16年間ずっと一般雇用で働いてきましたが、うつ病で倒れてしまったことで、「また同じような環境で働くのは怖い」という強い抵抗感がありました。そんな時、障害者雇用という働き方があることを知り、主治医に相談したんです。

幼少期からずっと「周りと違う」というモヤモヤを抱え、周囲に相談しても「努力不足だ」「もっと練習しろ」と突っぱねられてきた過去を先生に話したところ、「一度、発達検査を受けてみませんか」と提案されました。

――― 診断結果についてお聞きしても良いですか。また、検査の結果を聴いたときは、どのように感じられたのでしょうか。

結果はADHD(注意欠如・多動症)でした。その言葉を聞いた瞬間、これまでの人生の生きづらさや違和感が、バラバラだった点と点がつながるように、すべてすっきり腑に落ちたんです。「ああ、私の努力不足ではなく、この特性の影響だったんだ」と思えたことで、救われたような気持ちになりました。

そこからは障害者手帳を取得し、自分の特性をオープンにして、会社から必要な配慮をもらいながら働く「障害者雇用」の軸で活動をスタートしました。

――― お子さんもまだ小さい中で、就職活動の条件として重視していた軸はありましたか。

来年小学生になるとはいえ、まだ手がかかる年齢ですので、まずは「時短勤務ができること」を条件にしていました。いきなりフルタイムで働くのではなく、週4日、1日5時間程度からスタートし、徐々に体を慣らしていけるような、柔軟なシフト体制が組める職場を探しました。

――― 実際の面接や企業選考の進み具合はいかがでしたか。

実は、応募する企業を障害者合同面接会で出会った2社に絞っていました。1社は事務職、もう1社が今勤めている総合病院の薬剤部での「薬剤補助(ピッキング)」の仕事です。選考過程を踏まえて、「病院の仕事にすべてをかけよう」と気持ちを切り替えました。

――― 病院でのお仕事には、何か特別な思い入れがあったのでしょうか。

実は子どもの頃、薬剤師や看護師といった医療の仕事に就きたいという憧れを持っていたんです。当時は断念せざるを得なかったのですが、形を変えて、まさかこの年齢で憧れだった総合病院で働けるチャンスが巡ってくるとは思いませんでした。

選考の過程で5日間の職場実習があったのですが、人事の方や薬剤部の上司が本当に丁寧に説明してくださって。実際に薬をピッキングする業務を体験した際、「Kaienで練習してきたことがそのまま活かせる! 私はこの仕事が本当に好きだ」と、モチベーションが高まりました。その熱意を最後の面接でしっかりアピールした結果、無事に採用をいただくことができました。

憧れの総合病院で働く日々。薬剤師を支える誇りと、家庭との完璧なワークライフバランス

――― 今年(2026年)の5月から働き始めて、もうすぐ2ヶ月が経ちますね。実際の現場での業務はいかがですか。

本当に毎日が充実していて、仕事が楽しくて仕方がありません。主な業務は、処方箋に基づいて錠剤などの薬を正確な数だけ袋に揃える「ピッキング」です。最終的な確認(監査)は薬剤師さんが行いますが、自分が揃えた薬が患者さんの元に届き、治療の役に立っていると思うと、表舞台ではなくても大きなやりがいを感じます。

総合病院なので、チーム全体で1日に約1,600枚もの処方箋をこなします。たくさんの診療科の薬に触れられるのも新鮮です。ピッキングはものすごく集中力を使うので、疲れたら別の軽作業を挟むなどして、自分で上手く気分転換を図ったり、うまくいかなかったことの振り返りをしながら取り組んでいます。

――― 職場でのコミュニケーションや配慮の面はいかがでしょうか。

上司の方が常に「分からないことがあったら、絶対にそのままにせず、確認しながら進めてね」と声をかけてくださるんです。Kaienで練習してきた「上司への報連相」のスキルがそのまま活きています。

特性のせいで、たまに指示の理解に時間がかかってしまったり、ミスをして落ち込んだりすることもありますが、上司の方も「時間がかかってでも、一緒に乗り越えていこう」と言ってくださるので、一人で抱え込むことがありません。切り替えもすごく早くなりました。

――― お子さんとの生活や、ご家庭との両立もしやすくなりましたか。

前職で正社員として詰め詰めで働いていた頃は、心に余裕がない状況でした。

でも今は、時短勤務のおかげで、退勤後も心にゆとりを持って子どもと笑顔で接することができています。子どもも「ママ、お仕事頑張ってね!」と応援してくれるので、それが何よりの励みになっていますね。

「今が一番若い」。年齢を理由に諦めず、自分のやりたい環境に妥協しないでほしい

――― 最後に、これからKaienへの入所を考えている方や、キャリア・子育てとの両立に悩む同世代の方へ向けて、アドバイスやメッセージをお願いします。

私もKaienに入所したばかりの頃は、世間で言う「いい大人」の年齢でしたので、「本当にこの年齢で、しかも小さな子どもがいて、新しく雇ってくれる場所なんてあるのだろうか」と、大きな不安を抱えていました。

でも、Kaienで訓練を積み、実際の就職活動を経験して気づいたことがあります。それは、「年齢はこれまでの人生の積み重ねであり、強みにもなる」ということです。若い方に比べると、人生経験が豊富な分、物事を落ち着いて考えられる客観性や安定感があり、それは企業側からも高く評価されるポイントになります。

――― 「今が一番若い」という気持ちで一歩を踏み出すことが大切なのですね。

本当にそう思います。私はこれまでずっと事務職一筋で生きてきましたが、40代になってから「薬剤補助」という全く異なる未経験の分野に転身しました。自分の「やってみたい」という気持ちさえあれば、年齢を理由に諦める必要なんてどこにもないんです。

これから就職活動をされる皆さんには、自分の特性に合う環境や、自分が本当にやりたいと思う働き方に、決して妥協しないでほしいなと思います。一歩を踏み出せば、きっと自分らしく輝ける場所が見つかるはずです。

Kaienで学べたことが本当に幸せです。スタッフの方、講師の方々がかけてくれてくださった言葉を大切に、安定した就労が続けられるよう、今後も頑張っていきます。

――― Hさんの実体験に基づいた、とても力強く温かいメッセージをありがとうございました。これからのご活躍も応援しております!

【付録】プライベートでのリフレッシュ法と、最近の小さなしあわせ

――― ここからは少し雰囲気を変えて、Hさんのプライベートな一面についてお伺いします。休日はどのように過ごしてリフレッシュされているのですか。

休日はしっかりオンとオフを切り替えています! 趣味としては、ビーズで細かいアクセサリーを作ったり、週に1回ジムに通って大好きな筋トレをして汗を流したりしています。また、モンチッチのグッズを集めることも趣味の一つです。

あとは、美味しいものを食べに行くのが大好きなので、ネットで良さそうなお店を見つけては足を運んでいます。たまに日帰りで、1人でぶらっとプチ旅行に出かけてリフレッシュすることもありますね。子どもが休みの日は、近所の公園に行って思いっきり走り回って、一緒に体を動かして遊んでいます。

(仕事がお休みの時は、大好きなイタリアンのお店でピザランチを楽しみます🌺と教えていただきました)

――― すごくアクティブで充実した休日ですね! 最近、私生活や職場で「嬉しかったこと」があれば教えてください。

仕事の話になってしまうのですが、最近すごく嬉しいエピソードがあったんです。薬剤に識別ラベルを貼る作業があるのですが、ラベルが袋の開封口に被らないように貼らなければならないんです。

私はそれがすごく苦手で、何度も開封口に当たってしまい、そのたびに上司から指導を受けていました。ですが、自分なりに貼る位置のコツを意識して練習し続けたところ、つい最近、完璧に克服して綺麗に貼れるようになったんです!

――― おお! 素晴らしいですね。コツを掴まれたのですね。

はい! そうしたら、見てくれていた上司が「前は苦手だったのに、すごく上手にできるようになりましたね!」って、褒めてくださって。それがとても嬉しかったです。日々の努力が実を結んだなと感じられた、最近の一番のしあわせな瞬間でした。

――― 16年のキャリアがありながらも、Kaienで新たな視点から困りごとに向き合い、ご自身の「好き」や「得意」を上手に見つけ出されたのですね。本日はありがとうございました!

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