脳を自分で「調律」する時代?―ADHD治療の革命児、ニューロフィードバックの現在地—

公開: 2026.5.9

あなたはニューロフィードバック(以下文中はNF)という言葉を聞いたことがありますか?現在、「脳を最適化する」といった表現とともに、NFという技術が注目を集めています。脳が電気信号と神経伝達物質のリレーによって思考や行動を司っているという、論理的・科学的基盤から見ても非常に期待される技術です。

この高い期待がある一方で、研究が途上であるため、「効果がないのではないか」「高額な費用を請求されるのではないか」といった不安も存在しています。

2024年10月20日にKaienが開催した特別セミナーでは、恵比寿メディカルクリニック院長の山縣文先生をお招きし、NFとは何か、またNFの現在と今後の可能性についてお話しいただきました。

本記事では、ADHD(注意欠如・多動症)への治療の現在地と可能性を研究や現場の知見を交えて解説します。

※本記事は、2024年10月20日に行われたKaien特別セミナーを分かりやすく編集した記事です。より詳細な内容は、ぜひ以下のウェビナー動画をご覧ください。

脳を最適化?TMSとの違いは?副作用はある? 医師に聞く『ADHDへのニューロフィードバック治療の現在地と可能性』 (講師:山縣文先生 恵比寿メディカルクリニック院長・慶応義塾大学医学部 特任准教授)

講師: 山縣文先生 (恵比寿メディカルクリニック院長、慶應義塾大学 医学部 精神神経科学教室 特任准教授)

聞き手: 鈴木慶太(株式会社Kaien代表取締役)


「脳を最適化する」技術の正体

インターネット上で「脳を最適化する」といった魅力的なフレーズと共にNFが語られることが多くなっています。期待と不安が入り混じるこの技術ですが、これを正しく理解するには、まず脳の仕組みを知る必要があります。

私たちの脳は、膨大な数の神経細胞が「電気信号」と「神経伝達物質」をリレーすることで情報を処理しています。これまでの精神医学、特に薬による治療は、ドーパミンやセロトニンといった「神経伝達物質」の過不足を調整することに主眼が置かれてきました。

対して、NFがアプローチするのは、いわば「電気信号」のパターンや「血流」の変化といった、脳の動的な活動そのものです。

これは、私たちが普段意識することのできない脳の活動をリアルタイムで可視化し、それを本人にフィードバックすることで、脳の働きを自発的にコントロールできるよう訓練するトレーニング法なのです。

鍵となる「バイオフィードバック」の概念 

NFを理解する鍵は、自分の体の状態を知り、制御する「バイオフィードバック」という概念です。

バイオフィードバックの例

1. センサーで「今、心拍が上がっている」ことをモニターで確認する。

2. 画面を見ながら深呼吸し、心拍を下げる練習を繰り返す。

3. 次第に機器がなくても、自力でリラックス状態を作れるようになる。

この対象を「心拍」から「脳活動」に置き換えたものがNFです。

NFではMRIやNIRS(ニルス)といった高度な計測機器を用い、脳の特定の部位の活動を「見える化」して、それを自分の力で変化させる訓練を行うのです。


 ADHD治療のターゲットは「右下前頭回」

なぜNFがADHD(注意欠如・多動症)に有効とされるのでしょうか。そこには、ADHDのメカニズムと薬の効果に関する深い相関があります。

研究により、ADHDの代表的な治療薬であるアトモキセチン(ストラテラ)やメチルフェニデート(コンサータ)は、脳の「右下前頭回(みぎかぜんとうかい)」という領域の活動を活性化(賦活)させることが分かっています。この領域は、衝動を抑える「実行機能」を司る重要な拠点です。

「薬でこの場所が活性化して症状が良くなるのなら、薬を使わずに自分の力でこの場所を活性化できれば、同じような治療効果が得られるのではないか?」

この仮説に基づき、右下前頭回の活動をターゲットにしたNFトレーニングが世界中で研究されているのです。


MRIとNIRS~特徴と最新研究が示す「持続する効果」~

現在、NF研究においては、主にMRINIRS(近赤外線スペクトロスコピー)の2つの装置が使われておりそれぞれ以下の特徴があります。

装置名特徴メリットデメリット
MRI脳の深部まで高精度に測定 測定の精度が高い 装置が巨大・高価である。子どもや高齢者には負担が大きい。 
NIRS光で脳表面の血流を測定 座ったままリラックスして計測可能 脳の深い部分までは測定できない 

NFの「持続する効果」

NFの最大の特徴であり期待される点は、その「効果の持続性」です。

過去のMRIを用いた研究では、わずか4日間のトレーニングを受けただけで、2ヶ月後も脳の結合性が維持されていたという驚くべき結果が出ています。また、小児ADHDを対象としたNIRSの研究では、トレーニング終了から6ヶ月が経過しても、不注意や衝動性の改善効果が維持されていたことが報告されています。

薬は飲んでいる間だけ効果を発揮しますが、NFは「脳の使い方の習得」であるため、一度身につけたスキルが長く続く可能性があるのです。

脳の「筋トレ」は想像以上にハード

実際のトレーニング風景は、一見すると地味なゲームのようです。目の前の棒グラフを上げるために、患者さんはさまざまな「攻略法」を試行錯誤します。

・「難しい暗算をしてみる」

・「昨日の夕食のメニューを細部まで思い出す」

・「友人の顔と名前を次々に思い浮かべる」

面白いことに、一つの方法がずっと通用するわけではありません。脳は刺激にすぐに慣れてしまうため、昨日は上がった方法でも、今日は上がらないということが頻繁に起こります。

参加者からは「これほど集中力を使うとは思わなかった」「終わった後はヘトヘトになる」という声が上がるほど、NFは脳にとって負荷の高い、まさに「脳の筋トレ」なのです。


期待と慎重な見極め―—実用化への壁

ここまで期待が高まる一方で、山縣先生は「現時点では、まだ慎重な見極めが必要」と強調します。

世界的に有名なADHD研究者も、2022年の論文で「NFは本当に効果があるのか?」という問いを投げかけています。その理由は、まだ以下の課題が残っているからです。

1. サンプル数の不足: 大規模な臨床試験がまだ十分ではない。

2. プロトコールの未確立: 何回、どの程度の間隔で行うのがベストかが決まっていない。

3. 個人差: ADHDと言っても不注意型や多動型、他の特性との合併など多様であり、全員に同じ方法が効くとは限らない。

日本では、一部の自由診療クリニックでNFが行われていますが、医療として確立された「保険適用」の段階にはまだ至っていません。

高額な費用を請求する「怪しげな」ビジネスに惑わされないよう、正しい情報を見極めることが必要です。


 自宅で、スマホで、自分を整える未来

現在、装置の小型化が進んでおり、スマートフォンと連動して自宅でNFを行える技術が開発されようとしています。 「医療機関で脳の活動を上げるコツをトレーナー(医師や心理士)と共に掴み、習得できたら自宅で継続する」、 このようなスポーツのパーソナルトレーニングのようなモデルが実現すれば、ADHDの特性を持つ人々にとって、大きな支えとなるでしょう。

また、米国ではすでにADHD治療用のデジタルアプリ(ゲーム形式の治療)が承認されており、日本でも塩野義製薬による治験が進んでいます。

薬、行動療法に次ぐ「第3の選択肢」としてのデジタル治療やNFは、実現する可能性のあるものとして注目されています。

NFは、魔法の杖ではありません。自分の脳と向き合い、努力を必要とする治療法です。

多くの方々にとって、この技術が希望の光となる可能性は十分にあります。しかし、過度な期待に飛びつくのではなく、科学的なエビデンス(証拠)が積み上がるのを冷静に待つ姿勢も大切です。

私たちの脳には、自らを変化させる「可塑性(かそせい)」という素晴らしい力が備わっています。まだ標準的な治療として確立されるまでには時間がかかりますが、薬以外の新しい武器として、私たちの生活を支えてくれる日が来るのはそう遠くないかもしれません。

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