
「気分の浮き沈みが激しいのは、自分の性格のせい?」 「ただの『気の持ちよう』と言われて、周囲の無理解に傷ついてきた……」
そんな風に、双極症(双極性障害)の症状で自分を責めたり、苦しんだりしていませんか?
今、双極症の原因をめぐる研究が、新たな転換期を迎えています。
順天堂大学の加藤忠史教授らの研究チームは、「視床室傍核(ししょうしつぼうかく)」という部位の神経細胞が、特に強く影響を受けているという仮説を世界に向けて提唱しました。双極症は、心の弱さでも性格の問題でもありません。「脳の細胞の働き(不調)」が関係している可能性が、科学的なアプローチによって浮かび上がってきたのです。
今回は、双極症の基礎知識から、30年にわたる研究の軌跡、さらに現在の治療法がもたらす確かなメリットまでを分かりやすく解説します。
この記事でわかること
- 双極症の原因として「視床室傍核」の細胞減少が有力視されていること
- 発見に至るまでの30年間の研究の歩み
- 現行の薬物療法・心理社会的治療が有効な科学的根拠
- 双極症とともに働く・暮らすための支援の選択肢
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※本記事は、2026年2月に行われたKaien特別セミナーを分かりやすく編集した記事です。より詳細な内容は、ぜひ以下のウェビナー動画をご覧ください。
双極症は「気の持ちよう」ではない!「脳の細胞の病気」だ! 原因部位「視床室傍核」を世界に発表 順天堂大学・加藤忠史教授が語る研究最前線と治療の未来
講師:加藤 忠史先生 (順天堂大学大学院医学研究科 精神・行動科学 主任教授、博士(医学)、精神保健指定医、日本精神神経学会専門医・指導医)
聞き手: 鈴木慶太(株式会社Kaien代表取締役)
目次
1. そもそも「双極症(双極性障害)」とは? うつ病とは違う“気分の波”
加藤教授らの研究結果の解説に入る前に、まずは「双極症とはどのような病気なのか」を整理しておきましょう。
双極症は、かつて「躁うつ病」と呼ばれていた疾患で、気分の落ち込みや意欲の低下が続く「うつ状態」だけでなく、気分が異常に高揚する「躁(そう)状態」の両方を繰り返すのが最大の特徴です。
周囲からも本人からも「単なる気分のムラ」や「うつ病」と誤解されやすいですが、医学的には異なる病気であり、それぞれ特徴的な波があります。
近年の研究では、双極症は「脳のエネルギーのコントロール機能」に関わる異常が背景にあるのではないかという仮説が有力視され始めています。次章から、その根拠となった30年間の研究の歩みを見ていきましょう。

2. 逆境から始まった30年の軌跡!「埋もれた仮説」に近づく科学の歴史
では、なぜこれまで双極症の原因は分からなかったのでしょうか。
ひとつは、双極症の原因部位と言われる『視床室傍核(ししょうしつぼうかく)』が非常に小さく、肉眼やMRIでは明確な形として捉えにくいという技術的な壁があったからです。
さらに、これまでは、『人間性を司る場所だから精神疾患に関係しているはずだ』という先入観から『大脳(前頭葉)』を視点とした研究に偏っていたことも、原因究明が遠のいた原因のひとつと言われています。
そのため、研究者たちが思考停止に陥り、『他の場所に本当の原因があるのではないか』という疑問を持ちにくい状況が長年続いていたのです。
この壁に挑み、原因の背景へ至るまでには、過去30年間にわたる科学テクノロジーの進化と研究者たちの地道な挑戦の歴史がありました。その軌跡を時系列で紐解いてみましょう。
■約30年前
【仮説の誕生】
「ミトコンドリアの働きが悪くなることで、細胞内のカルシウム制御が変わり、双極症が引き起こされるのではないか」という仮説が提唱されました。当時は、まだ十分な証拠がなく、仮説の段階でしたが、その後の研究により徐々に世界的に認知されるようになりました。
■10年前〜数年前
【遺伝子解析の進歩】
テクノロジーの進歩により、数万人以上の患者のDNAを同時に調べる「ゲノムワイド関連解析(GWAS)」が実現。膨大なデータを集めた結果、細胞内のカルシウム濃度を調節する遺伝子に個人差があることが確認され、その変異(エラー)が双極症の発症に関係していることが客観的なデータとして浮かび上がってきました。
■そして現在
【2つの点と線が結びつく】
最新の遺伝子工学によって「ミトコンドリア病の原因遺伝子に変異を持つマウス」を作製したところ、そのマウスに双極症と同じような気分の波が現れました。さらにそのマウスの脳を解析した結果、ミトコンドリアの異常が「視床室傍核」という小さな部位に集中していることを突き止め、ついに長年の謎であった「原因部位」の発見へと繋がっていったのです。

長年、ただの「気の持ちよう」や「精神的な弱さ」と片付けられていた病気が、30年間の解析の歴史によって、ついに客観的なデータに基づく『身体の病気』としての側面が色濃くなってきたのです。
3. 原因部位「視床室傍核」では何が起きているのか
遺伝子データ(GWAS)がどれほど進歩しても、「具体的にどこでそのエラーが起きているのか?」は謎のままでした。これを突き止めるため、研究チームは患者から提供された「死後脳(脳バンク)」を使い、10年以上にわたって地道な顕微鏡解析を行いました。

これまでも何度か登場している、双極症の原因部位である「視床室傍核」ですが、大きさはわずか1ミリほどの非常に小さな部位と言われています。研究チームが何年もの歳月をかけて細胞を一つずつ数え上げた結果、特定の神経細胞の数が、健康な人と比べて減少(脱落)しているという貴重なデータを捉えたのです。
では、なぜ細胞が減少してしまうのでしょうか。研究結果からは、以下のような「エラーの連鎖」が浮かび上がってきています。

【ステップ1】細胞内カルシウム濃度の異常
細胞内のカルシウム濃度を調節する遺伝子に変異があったり、細胞のエネルギー源である「ミトコンドリア」に異常が起きたりすることで、神経細胞内のカルシウム濃度が異常に高くなることが判明しています。
【ステップ2】視床室傍核の「過剰興奮」
細胞内のカルシウム濃度が高くなった結果、「視床室傍核」の神経細胞がコントロールを失い、過剰に興奮するようになります。これにより、情動の暴走(気分の波)が引き起こされると考えられています。
【ステップ3】過剰興奮毒性による細胞の減少へ
視床室傍核の過剰な興奮状態が長期間続くことで、細胞にダメージが蓄積します(過剰興奮毒性)。加藤教授は、この長年のダメージの蓄積によって視床室傍核の神経細胞が死んでしまい、細胞数の減少(脱落)を引き起こしているのではないかと推察しています。(※完全に証明するには、さらなる長年の研究が必要であると語られています)

「心の病」から「脳のかたちの異常」へ
このように、ミクロなエラーの連鎖が長年をかけて視床室傍核の細胞を失わせ、激しい気分の波を作り出しているのではないか――。加藤教授は動画内で、この30年の歴史がもたらした発見の意義を力強く語っています。
「これまでは、精神疾患というのは顕微鏡で見えるような異常がなく、かたち(構造)は変わらないと言われてきました。しかし今回の研究により、双極症は脳の特定の場所における『細胞の減少』という、れっきとしたかたちの異常を伴う病気である可能性が初めて示されたのです。現在はこの仮説を提唱した段階であり、これから世界中で検証が続けられていきますが、病気の実態解明に向けた極めて大きな一歩と言えます。 」
双極症が『脳の特定の細胞の異常である』という今回の発見は、双極症患者が決して『怠けているわけではない』『気の持ちようではない』という事実を、客観的に裏付ける大切な一歩となります。
4. 「今の治療」は双極症に有効?研究結果が裏付けた現行治療の有用性
脳の特定の細胞が減少していく病気だと聞くと、「今受けている治療は意味があるのだろうか?」と不安に思う方もいるかもしれません。しかし、ご安心ください。今回の発見によって、現在行われている複数の治療法が、脳を守るためにどれほど理にかなっており、有用であるかが科学的に説明できるようになったのです。
現在、双極症の治療には主に以下のような複数のアプローチが取られています。これらはすべて「脳のシステムエラー」を食い止める強力な盾であり、継続していくことで、「脳を守る」ことにつながる可能性が高まります。
① 複数の薬物療法の有用性
炭酸リチウムなど(気分安定薬):
リチウムには、全身の細胞内のカルシウム濃度を下げる作用があり、双極症の鍵となる『視床室傍核の過剰興奮』を抑制する効果があるのではないかと推測されています。
また、再発を繰り返すことで、『脳の体積減少(大脳皮質が薄くなるなど)』が起こることが分かっていますが、リチウムの服用により再発を防ぐことで、そうした脳へのダメージ(後遺症)を予防できる可能性が示唆されています。
非定型抗精神病薬やその他の気分安定薬:
リチウムとは異なるアプローチで、脳の神経伝達物質の過剰な興奮を抑える効果があると言われています。脳全体のネットワークを保護することで、激しい気分の波から脳細胞の疲弊を防ぐ高い有用性が示されています。
② 心理社会的治療(社会リズム療法など)の有用性
対人関係・社会リズム療法:
加藤教授によると、視床室傍核は「光や生活リズムの影響」を直接受けている部位であることが分かってきています。睡眠不足や生活リズムの乱れは再発の引き金になりますが、毎日決まった時間に起きて活動を一定に保つというアプローチは、脳への負担を減らし、再発を防ぐために非常に有効な治療法なのです
認知行動療法(CBT):
気分の波に伴う極端な思考の偏りを整えることで、脳にかかる心理的ストレス(負荷)を軽減する効果が期待されています。認知の偏りを整えることは、情動の暴走(過剰興奮)をコントロールしやすくすることにも繋がると考えられています。
このように、双極症に対する現在の治療法は、「脳細胞の減少を食い止め、脳を守る」ためには理にかなったアプローチと言えるのです。

5. 医療はここまで進化する!治療の「未来予想図」
双極症は「脳のかたちの異常」を伴う病気である仮説が色濃くなっていることや、現在の治療法の有用性が示されてきていることで、双極症の医療はこれからさらに発展していくことが予想されます。
① 「客観的な診断」の実現
脳の「視床室傍核」の状態を調べることで、これまで医師の問診頼みだった診断が、より科学的で正確なものに近づく可能性があります。「うつ病」との見分けもスムーズになり、最初から最適な治療法をピンポイントで選べるようになるかもしれません。
② さらなる「根本的な新薬」の開発
双極症の原因に関わる「カルシウムチャネルの異常」や「ミトコンドリアの機能障害」に直接、かつ超ピンポイントに作用する新しい薬の開発が進む可能性があります。リチウムなどの現行薬の強みを活かしつつ、さらに副作用が少なく、より確実に脳の細胞を守る根本的な治療薬の誕生が期待されています。
③ 患者と家族の「心理的負担」の軽減
「病気のメカニズム」の一端が明確になり、現在行われている複数の治療法がどれほど医学的に正しいかが広く認知されることで、世間の偏見や「気の持ちよう」という根性論は薄れていくことが期待されています。周囲からの理解が得られやすくなり、安心して療養できる環境を整えることができるようになるかもしれません。
6. まとめ:正しい知識が、回復への第一歩
加藤教授らの30年以上の歳月をかけた研究は、双極症に悩む多くの人とその家族に大きな光をもたらしたと言えます。
≪加藤教授らの研究結果のまとめ≫
- 双極症は「躁状態」と「うつ状態」を繰り返す、脳のコントロール機能の病気である
- 原因として、脳の「視床室傍核」における細胞の減少が深く関わっている可能性が示された
- 今ある複数の治療法(薬や生活リズムの維持)は、脳の細胞を守るために極めて有用である
- これからは「根性論」ではなく、科学的なアプローチで治す時代へ向かう
加藤教授は、未来へ向けて力強い言葉を動画の結びに残しています。
「病気の『原因』が分かったということは、これから『根本的な治療法』を開発するためのスタートラインに立てたということです。この発見を必ず、これからの新しいお薬の創薬や、患者さんのより良い治療へと繋げていきます」
まずは正しい知識を持つことが、ご自身の症状改善につながるため、今後も医療機関と二人三脚で適切な治療を続けていきましょう。



