職場でのコミュニケーションや、人間関係に悩んでいる人は多くいます。適切な言葉が出てこないために意思疎通が難しい人や、どうしても人間関係がうまくいかない人は、もしかするとコミュニケーション障害かもしれません。
この記事は医学的なコミュニケーション障害とは何か、一般的な意味でコミュニケーションが苦手な人とどう違うのか解説します。また、コミュニケーション障害の種類や症例、治療法、普段の生活での対策、コミュニケーションに問題が出る可能性がある他の疾患などを解説します。
コミュニケーションでお悩みの方は、ぜひ読んでみてください。
コミュニケーション障害とは
コミュニケーション障害という言葉には、医学的な用語として使われるケースと、「コミュニケーションが苦手」という一般的な意味で使われるケースがあります。情報を調べるときや、自分の状態を誰かに話すときは、どちらの意味なのかを区別することが大切です。
そこで、ここでは2種類のコミュニケーション障害の意味や特徴について解説します。
コミュニケーション障害の症状
はじめに、医学的な症状としてのコミュニケーション障害について解説します。アメリカ精神医学会が作成した「DSM-5」という精神疾患の診断・統計マニュアルによると、コミュニケーション障害は、ASDやADHDと同じ「神経発達症群」の中に位置づけられ、言葉を使う際に障害が発生するとされる複数の診断群です。
具体的には、次のような障害が1つ以上あると、コミュニケーション障害と診断される可能性があります。
- 子どものころから読み・書きがうまくできない
- コミュニケーションが苦手であり、仕事・学業・社会生活に影響が出ている
- 状況によって言葉を使い分けられない(敬語を使うべき場面で話し言葉を使ってしまうなど)
- 身ぶりや表情、目線など言葉以外の感情表現が読み取りにくい
- ユーモアや例え話、「結構です」のようなどちらともとれる表現など、あいまいな表現を理解しにくい
コミュニケーション障害は多くの場合、幼少期に発症するとされています。しかし、社会人になってマナーやルールが厳しく求められるようになってから、症状に気付く人もいます。
コミュニケーション障害と「コミュ障」の違い
「コミュ障」とは、人付き合いが苦手な人や、他人に無関心な人などを指す俗語(スラング)です。主に若い世代や、SNS・ネット掲示板などを利用する人たちの間で使われています。
コミュ障とされる人の特徴を以下に紹介します。
- 極度の人見知り
- 言葉をスラスラ話せない、会話が続かない
- 場の空気を読めない
- 雑談やたわいのない話ができない
- 他人の意見を聞かず、一方的に話す
コミュ障は性格、素質を表す言葉ですので、医学的な症状のあるコミュニケーション障害とは異なります。コミュ障は「涙もろい」「怒りっぽい」などと同じレベルで、「コミュニケーションが苦手な人」という意味で使われています。
コミュニケーション障害の種類と特徴
コミュニケーション障害は、5つの種類に分かれています。複数の種類を発症するケースもあるため、どれか1つの種類にあてはまるとは限りません。ここではセルフチェックの目安となる具体例も紹介しながら、各種類の特徴を解説します。
社会的(語用論的)コミュニケーション症/社会的(語用論的)コミュニケーション障害
社会的(語用論的)コミュニケーション症とは、社会生活に必要なコミュニケーションが困難な症状です。具体例は次のとおりです。
- 周りの人とのあいさつができない
- 仕事のうえで必要な報告・連絡・相談をしない、できない
- 商談や職場の雑談など、状況に応じた適切な話し方ができない
- ユーモアや例え話など、あいまいな言葉が理解できない、そのままの意味で受け取ってしまう
これらの問題の大きな原因になっているのが、相手の表情や身ぶり、声音などの非言語の意味がよく理解できないコミュニケーション障害特有の症状です。これによって、社会人が誰に教えられるともなく身に付けられる、常識的なコミュニケーションが難しくなってしまいます。
言語症/言語障害
言語症とは、話すことや書くことの習得に困難が生じる症状です。具体的には、次のような症状となって現れます。
- 使う単語、フレーズが非常に少ない
- 主語と述語が合っていないことが多い
- 文と文をつないで、ひとまとまりの意味にして伝えられない
言語症は、言語能力が安定する幼児期以降で診断されやすい症状です。そして言語症と診断されると、大人になっても症状が持続するケースが多いとされています。
小児期発症流暢症/小児期発症流暢障害
小児期発症流暢症とは、吃音(きつおん)とも呼ばれ、話し言葉がスムーズに出ない症状です。症名に「小児期発症」と付いているように、ほとんどの人は小児期で発症しているとされています。
例えば、以下のような症状があります。
- 同じ音を繰り返す(ゴ、ゴ、ゴ、ゴリラ)
- 音の引き延ばし(ゴーーリラ)
- 間が空いてしまう(ゴ、・・・・、リラ)
小児期発症流暢症は、特にストレスやプレッシャーを感じる場面でひどくなる傾向があります。例えば、就職の面接や、上司からミスを問い詰められたとき、早く話すようにせかされたとき、などです。
語音症/語音障害
語音症とは、身体や神経に障害がないのに、うまく言葉を発声できない症状です。言葉を発する際は、口の開き方、舌の動き、呼吸などが無意識に連携してコントロールされています。この能力が何らかの原因で発達しなかった場合に起きるのが、語音症です。
語音症と診断される発声障害の目安は、周りの人が何をしゃべっているか理解できず、コミュニケーションに問題が出る程度です。したがって、語音症の人は学業や就職、職業的な能力などに、大きな影響が出てしまうケースが珍しくありません。
特定不能のコミュニケーション症/特定不能のコミュニケーション障害
特定不能のコミュニケーション症とは、先に解説した4つの症状にあてはまる診断基準を満たさないものの、コミュニケーションを困難にする症状がみられる症状です。
特定不能のコミュニケーション症を疑う目安としては、仕事や学業、社会生活に大きな影響が出ている点です。ただ、一般の人が自分で判断するのは難しいため、専門機関に相談することをおすすめします。
コミュニケーション障害の発達障害の関連性
DSM-5では、コミュニケーション障害は、「発達障害*¹」に分類されます。発達障害とは、脳に機能的な問題があって生じる障害です。
この発達障害には、コミュニケーション障害以外にASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)、学習障害*²などがあり、いずれもコミュニケーションに困難さを伴いやすい傾向があります。それぞれについて、コミュニケーション障害との関連にも触れながら解説します。
ASD(自閉スペクトラム症)
ASDは自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群とも呼ばれますが、現在はASD(自閉スペクトラム症)という名称が一般的です。
ASDの主な特徴を以下に示します。
- 社会的コミュニケーションに持続的な欠陥がある
- 狭い範囲に強いこだわりがあり、同じ会話や行動を繰り返す傾向がある
- 他人への興味が少ない
ASDは話し相手の気持ちや意図を理解するのが難しいことがある点で、コミュニケーション障害と似た部分があります。
ADHD(注意欠如・多動症)
ADHDは「不注意」や「衝動的」な言動を特徴とする発達障害です。主な特徴を以下に示します。
- じっとしていられない
- 活動に集中できない、気が散りやすい、物事に順序立てて取り組めない
- 物をなくしやすい
ADHDの診断基準には、直接的にはコミュニケーションの障害はありません。しかし、人の話をじっくり聞けなかったり、よく考えずに話したりするなどして、コミュニケーションに問題が出る場合があります。
学習障害
学習障害とは、読み書き、計算に関して特異的な苦手さを持つ発達障害です。学習障害には「文字を読む際に障害が出るタイプ」「字を書けない・正しい文法で書けないタイプ」「算数の計算に障害が出るタイプ」の3つがあります。
学習障害は話すことや書くことに問題が生じるコミュニケーション障害の言語症に似た部分があります。しかし、学習障害はあくまで学習面での能力の障害であるのが、コミュニケーション障害との違いです。多くの人は、学業の段階で学習障害に気付くでしょう。
コミュニケーションの悩みの原因となるその他の疾患
発達障害のほかにも、コミュニケーションの悩みの原因になる疾患があります。各疾患の特徴を、コミュニケーションにかかわる部分に絞って、簡単に紹介します。
- 知的障害:複雑な会話や文章が苦手
- 不安障害:大勢の前で話すときに、過度の不安や心配を感じる
- 社交不安症:人前で何かの行動をするのを過度に恐れる
- パーソナリティ症:融通がきかないため、人間関係を築くのが難しい
- 場面緘黙(かんもく):特定の場所や状況で会話ができなくなってしまう
ほかにも聴覚障害のように、身体的な障害でコミュニケーションに支障が出るものもあります。
コミュニケーション障害の原因と治療方法とは?
コミュニケーション障害のはっきりとした原因はわかっておらず、すべての種類に共通した治療法は今のところありません。しかし、以下のコミュニケーション障害の種類では、治療法が比較的はっきりしており、症状の改善がみられることが確かめられています。
- 社会的(語用論的)コミュニケーション症:SST(ソーシャルスキルトレーニング)と言われる、対人関係や集団行動のスキルを学ぶトレーニング
- 言語症:言語聴覚士による言語療法(発声・発音のトレーニング)
- 小児期発症流暢症:言語聴覚士による言語療法や、専門家によるカウンセリングや認知行動療法
いずれにしても、治療を望む際は、専門家に相談することをおすすめします。
コミュニケーション障害の対策
コミュニケーション障害の人は、普段どのようなことに気を付けたらよいのでしょうか。また、誰に悩みを相談すればよいのでしょうか。コミュニケーション障害の対策について解説します。
話すときの声のトーンや振る舞いを意識する
コミュニケーション障害の人は、会話を順序立てて組み立てたり、スラスラと話したりするのが苦手な傾向があります。こうした面を補ってくれるのが、好印象を与えるような声のトーンや振る舞いです。
例えば、以下のような内容に気を付けるとよいでしょう。
- あいさつや電話対応などでは、明るい声のトーンを意識する
- 商談や会議などでは、落ち着いた低めの声のトーンを意識する
- 相手の目を見て話す
- 背筋を伸ばす
- 腕組みや足組みなど、尊大に見えやすい態度をとらない
声のトーンや振る舞いに注意すれば、たとえ話し方がうまくなくても、誠意や礼儀の正しさが伝わります。それによって、相手が話し方に注目せず話の内容に耳を傾けたり、積極的に意味をくみ取ったりするなど、コミュニケーションに協力してくれるようになります。
礼儀やマナーはパターンで覚える
良好な対人関係のために礼儀やマナーは重要ですが、コミュニケーション障害の人は、その都度判断するのが難しい場合があります。負担を減らすには、パターンで覚えてしまうのが得策です。
具体例をいくつか挙げます。
- 出社した際、すれちがった人にはあいさつする
- 提案を断るときは「申し訳ございませんが……」、反対意見を言うときは「おっしゃることはわかりますが……」などクッション言葉をはさむ
- 社内ではすべての人を「○○さん」または役職で呼ぶ、社外の人に対しては「当社の山田」「山田」のように呼び捨てにする
上記は一例ですので、使えるパターンを増やしていくとよいでしょう。機械的に対応すれば、礼儀やマナーを意識しすぎて緊張したり、言葉が出なくなってしまったりすることを避けられます。
完璧なコミュニケーションを目指さない
良いコミュニケーションを意識するあまり、気をつかいすぎたり、疲れてしまったりすることもあります。ストレスがたまれば、ますますコミュニケーションに否定的な感情や態度が生まれてしまうでしょう。また、体調不良やメンタルヘルス不調が引き起こされるケースもあります。
自分を守るには、完璧なコミュニケーションを目指さず、無理しないことも重要です。例えば、「人と話すのがつらい」と思ったときは、なるべく聞き役に回ったり、無理して電話応対業務をしないようにしたりするのもよいでしょう。長い間、ストレスや疲労感が続くようなら、コミュニケーションの負担が少ない仕事を探す方法もあります。
医療機関や公的機関に相談する
自分だけで解決が難しい場合は、医療機関や公的機関に相談することもできます。コミュニケーション障害の場合は、心療内科や精神科の診察を受けるのが一般的です。小児期発症流暢症による吃音(きつおん)がある場合は、耳鼻咽喉科で診察してもらえます。
また、公的機関としては、精神保健福祉センターや地域若者サポートステーションが利用できます。これらの機関では、例えば、障害や難病を持った人が一般企業に就職できるようにサポートする「就労移行支援」を利用できます。民間企業のなかにも就労移行支援サービスを提供しているところがありますので、こちらを利用するのもよいでしょう。
就労移行支援では、対人業務が少ない仕事や、コミュニケーション障害の人に理解のある職場などを紹介してくれます。また、自分に合った職場探しや、面接対策などの転職活動をサポートしてくれます。
コミュニケーションの悩みはひとりで悩まず早めに相談を
対人関係で悩むことは、人間誰しもあることです。しかし、人付き合いが苦手な、いわゆる「コミュ症」と違って、コミュニケーション障害は言葉を扱う際に障害が出て、仕事や学業、社会生活に影響が出てしまう疾患です。多くの人は幼少期に発症して、長い間コミュニケーションに困難さを感じています。
コミュニケーション障害は、場に合わせた話し方ができなかったり、どもってしまったりするなど、さまざまな症状があるのが特徴です。また、コミュニケーションに支障が出る疾患はほかにもあるため、自分でコミュニケーション障害かどうか判断するのは難しい面があります。
コミュニケーションに悩みを感じている方はひとりで抱え込まず、医療機関や支援制度を活用していきましょう。
*1発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
*2学習障害は現在、DSM-5では限局性学習症/Specific Learning Disability、ICD-11では発達性学習症/Developmental Learning Disorderと言われます
監修者コメント
コミュニケーション、難しいですよね。ただでさえ、現在日本を含めた先進国ではサービス業が多く、また様々な場面でどのような言葉遣いが求められるか知っておく必要があり、誰にとってもコミュニケーションは課題と言えます。また本稿を読んだ方は、コミュニケーション障害にも様々な要因や診断があることに驚いたのではないでしょうか。治療/対応面では例えば薬が効くようなシンプルな対策は無いので、問題を抱えていると思う方は少しずつコミュニケーションの技術を学んで身につけてみてください。生まれながらにコミュニケーションに自然と長けている人は少なく、ある意味誰でも技術(テクニック)的な学習をしながら身につけているのは知っておいて良いことかもしれません。

監修 : 松澤 大輔 (医師)
2000年千葉大学医学部卒業。2015年より新津田沼メンタルクリニックにて発達特性外来設立。
2018年より発達障害の方へのカウンセリング、地域支援者と医療者をつなぐ役割を担う目的にて株式会社ライデック設立。
2023年より千葉大子どものこころの発達教育研究センター客員教授。
現在主に発達障害の診断と治療、地域連携に力を入れている。
精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、医学博士。