【セミナー解説】医師に聞く「発達障害と境界知能」

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平均IQレベルを下回る「境界知能」は、日常生活や就労の現場で困難を感じやすい傾向があり、近年関心が集まっています。しかし、医学的な診断名がなく公的支援の対象でもないため、必要な支援を受けられないケースも少なくありません。

本記事では、2022年9月1日開催のオンラインセミナー「医師に聞く【発達障害と境界知能】」にて、青山学院大学教育人間科学部教授で小児科医の古荘純一(ふるしょう・じゅんいち)先生にお話しいただいた内容を紹介します。

境界知能の定義や意味から、青年期以降に考えられるリスク、支援を必要とする境界知能の人まで、境界知能の人に対する支援や配慮を考える上で重要な情報をまとめています。支援者だけでなく、ご家族や周囲の方にも参考になる内容ですので、ぜひご覧ください。

2022年9月1日開催のオンラインセミナー医師に聞く【発達障害と境界知能】(講師:青山学院大学教育人間科学部教授/小児科医 古荘純一先生)の本編動画はこちら

境界知能とは

まずは、境界知能の概要と知能指数(IQ)の定義について、古荘先生にご解説いただいた内容を紹介します。境界知能とは、おおむねIQ70〜85の層に対して使われていますが、診断名ではない上、公的支援対象にもなっていません。

知的障害者として認められるのは、通常IQ70未満ですが、そのレベルよりは高いものの、平均的なIQレベルを下回っている層を指します。日本国内には、境界知能にあたるIQ70〜85の人は約1,700万人いるとされています。この数字は、全体の約14%が境界知能に該当します。

境界知能の知的水準は、日常生活や就労現場で困難を感じやすい傾向があり、近年関心が高まっています。人数だけでなく、発達障害との合併が多い点なども指摘されています。また、今後の発達障害支援における重要なキーワードの1つとなる可能性があります。

そもそも知能指数(IQ)とは

そもそも知的指数(IQ)*の概念としては「生活年齢(何歳相当の発達か)÷曆年齢x 100」で示されます。IQは、知能のおおまかな判断基準として扱われる他に、知的障害(知的能力障害)などの診断や支援に利用されます。

ただ、発達に伴い獲得する能力が増えても、分母の暦年齢も上がるため、できることが増えても、IQが上がるわけではありません。またそもそも基本的にIQは一生を通じて勉強や努力などで大きく変化するものではありません。

このため、IQの数値を上げることを目標とするのではなく、現時点や将来に必要な支援を検討するために利用されるべきといえます。

IQを指標とした知的障害の診断は、以下のように定められています。

  • IQ70〜84:境界知能
  • IQ50〜70:軽度知的障害
  • IQ35〜50:中等度知的障害
  • IQ35以下:重度知的障害

上記に加えて、おおよそ20以下を最重度知的障害とする分類もあります。

療育手帳の交付基準は法制化されておらず、基準に自治体でばらつきがあります。またIQ以外の要素は加味されにくいのが現状です。したがって軽度知的障害と境界知能の線引きも曖昧さが大きいのが現状です。

*知的指数(IQ):「Intelligence Quotient」の略称で、知能水準あるいは発達の程度を測定した検査数値のこと

グレーゾーンと境界知能

ここで、境界知能と混同されやすい「グレーゾーン」「ボーダー」そして「軽度知的障害」という用語それぞれについて、境界知能との違いを解説します。

境界知能と似た意味の1つである「グレーゾーン」は、発達障害の特性があるものの、度合いが薄く、診断が下されるかどうかは医師によって変わるような場合を指します。

専門家がよく使う言葉であり、データによれば、女性の方が男性に比べてグレーの色が薄く、見えづらい傾向があると言われます。

文科省では「通常の学級に在籍する発達障害の可能性がある、特別な教育的支援を必要とする児童生徒」が全体の8.8%という数字が出ています。(2022年の調査結果)このうち、4割が支援を受けていない状態であり、グレーゾーンとみられる子どもである可能性が高いといえます。

ボーダーと境界知能

「ボーダー」という言葉は、一般的にはグレーゾーンと混同して使われやすい言葉の1つで、発達障害の傾向がうっすらとは見られるものの、はっきりしない場合を指すことが多いです。知的障害はないけれど、一般とは異なる部分がある場合に使われるケースが多く見られますが、専門家の中には、知的障害も多少含まれる場合にボーダーという言葉を使うこともあります。

IQ70(場合によっては75)を下回ると、自治体に申請することで療育手帳が取得できます。一方、IQ75~90前後の領域は、療育手帳は通常は取得できないものの、生活や就労などに関して知的に厳しい面は少なくありません。

ボーダーに含まれる層には、一般的なデスクワークに加えて、手先が不器用などの理由で作業系の仕事にも向かないケースがあります。日常生活など行動面での大きな課題はないため、障害年金の対象とはなりませんが、作業仕事におけるパフォーマンスが低いため、仕事にも付きづらく、年金などの支援やサポートも受けにくい状態にあります。

境界知能は、知能指数のボーダー層と言い換えることもできるでしょう。このボーダーの層は、発達障害の中でも特に多い可能性があり、就労支援や周囲の理解が求められています。

軽度知的障害と境界知能

軽度知的障害と境界知能は、IQの数値によって定められている基準が異なります。先述の通り、軽度知的障害はIQ50〜70相当で、その上のIQの70〜84に該当するのが境界知能という位置付けです。

IQ70未満の場合には知的障害と診断され、療育手帳を発行されることが多いため、障害者総合支援法による障害福祉サービスなどを受けやすくなります。

精神的医学における知的障害とは

古荘先生によると、精神的医学における知的障害は、単にIQ判断だけではなく、生活上の困難さを重視しています。つまり、「IQ70=知的障害」とするのではなく、さまざまな要素や領域を見て判断する必要があります。

なお、アメリカの一番新しい精神学の診断基準の病名としては、知的障害から「知的能力障害(DSM-5)」「知的発達症(ICD-11)」へ変更されています。

DSM-5の診断概念としては、日常生活の適応能力を以下3つの領域で判断します。

  • 概念的領域:記憶や読字・書字、数学的思考、実用的な知識の習得など
  • 社会的領域:特に他者の思考・感情・体験の認識、共感、対人的コミュニケーションスキル、友情関係構築、 および社会的な判断など
  • 実用的領域:特にセルフケアや仕事の責任、金銭管理、行動の自己管理および学校と仕事の課題の調整など、実生活での自己管理など

3つの領域のうち、概念的領域はIQで判断可能ですが、社会的領域はIQでは判断できない非認知能力に関連しています。実用的領域では、本人の現場での対応を見て支援が必要かどうかの指標として扱うこともできます。

 境界知能は、概念的領域に偏ったものですが、実際は軽度知的障害と言われる人とは、社会的領域、実用的領域に関しての困難さは類似していると推定されています。

このように、IQ以外の領域も踏まえた上で判断することが精神医学で求められていると、古荘先生は解説しています。

発達障害と自己肯定感の関係

発達障害について考える上で、切り離すことのできない重要なキーワードである「自己肯定感」の意味と両者の関係性について、精神医学的な見解を踏まえて古荘先生にご解説いただいた内容を紹介します。

自己肯定感の意味

「自己肯定感」とは、「自分に対する評価を行う際に自分の良さを肯定的に認める感情」を意味する言葉です。IQや学校の成績では測れない、非認知力が心理的基盤になる要素であり、非認知力が高いほど自己肯定感が育まれやすい傾向があります。

自己肯定感があると、将来の進路や目標が明確で、対人関係も良好とされています。反対に、自己肯定感が育まれていないと、進路や将来やりたいことがわからず、対人関係も難しくなりがちです。

発達障害と自己肯定感

発達障害のある人の自己肯定感はさまざまです。というのも「ASD(自閉スペクトラム症)の人には、一般的な自己肯定感や自己認識という概念を当てはめることは難しい」という見解があるからです。また、ADHD(注意欠如・多動症) の場合は、自己認識の発達に遅れがあり、治療や支援によって自己認識により短所を認識することで自己肯定感が急に低くなるケースが多く見られます。

どのようなタイプでも、概して困難を乗り越える力は脆弱である点が特徴です。そして、発達障害の子の自己肯定感は、就学時以降、達成感の乏しさや否定的な体験の繰り返しで、自己肯定感が低い状態が当然な状態になりがちです。

ただ、そこで必要な支援を受けることで、他の人と同程度まで自己肯定感が回復する可能性があるとわかっています。

境界知能の青年期以降の問題とリスク

古荘先生のご解説によると、境界知能の青年期以降に考えられる問題とリスクとしては、自己肯定感が育まれておらず、ストレスへの脆弱性が見られるものの、進路や就労についての支援が受けられない可能性が高い点などがあると言います。

軽度知的障害(全体の約1〜2%)や、発達障害(全体の約5〜10%)が見られれば、 支援の対象となりますが、境界知能はどちらについてもグレーもしくはボーダーであるため認識されにくい環境にあります。IQ80だと支援の対象外となり、支援が受けられにくいのです。

しかし、実際には、配慮や支援が求められるケースも少なくありません。そして、教育の分野で評価されてこなかった社会的領域や、 実用的領域での困難さが顕在化するのが、青年期以降のタイミングです。

小学校、中学校はなんとか卒業できても、高校や専門学校、大学で躓いてしまうケースや、就職に必要な資格が取れず、卒業もひと苦労といった方は珍しくありません。アルバイトや就職の面接で断られてしまって、次につながらないなど苦しい状況に陥る場合もあります。

境界知能の人は、自信を失いやすく、心が傷つきやすいという特徴もあり、「若者の相談に乗る立場にある者は、十分承知していなければならない」と古荘先生は提唱しています。

また、青年期に困難さに気づかれない状況や、配慮や支援を受けていない場合、対人関係の構築が難しくなり、情報ネットワークから外れてしまうために、社会的孤立や未就労、経済的困難に陥る可能性があります。最悪の場合、触法行為や抑うつ、自殺行動などのリスクも出てくるでしょう。

境界知能に対する社会の対応と課題

境界知能は、社会全体でまだまだ理解されていない状況です。しかし、一般人口の約14%(知的障害と合わせて15%としていました。)にも上るとなれば、 対象人口が多すぎて支援が行き届かなくなる可能性があります。「まずは境界知能への理解と配慮を、学校や家庭を含む社会全体で進めていくことが大切だ」と古荘先生は言います。

子どもの場合は、就学時から一定の配慮を要する方が多く見られます。その際には、「得意な分野で苦手な分野をカバー」するという教育方針が通用しない傾向があるため注意が必要です。

多くの場合、ずば抜けて得意な分野が見られず、苦手な分野では知的障害に近いレベルが見られます。そこで、苦手分野の底上げをするために、認知機能に含まれる5つの要素を伸ばすコグトレなどのメソッドが有効という見方があります。

境界知能の方に対する支援や配慮の必要性

精神医学的な見解から古荘先生にご説明いただいた内容では、境界知能の方が必要な支援や配慮を受けるためには、障害者権利条約の理念である「平等を基礎として、すべての人権及び基本的自由を享受するための合理的配慮」を、すべての人に対して適応することが大切であると言います。

すべての人に同じ踏み台を与えることは「平等」ではありますが、支援が必要な人にとって十分な支援を受けられないために、結果的に「公平」な状況は達成されていないことになります。

診断は、踏み台にあたる支援を求める権利を保障する意味合いがあります。診断を出す権利を持つ者だけでなく、社会で一人ひとりの実現可能な範囲を理解することが重要といえます。

支援を必要とする境界知能の人

古荘先生によると、支援を必要とする境界知能の方は、主に「発達障害の合併のある人」「愛着障害のある人」「抑うつ状態のある人」の3タイプが見られます。ここでは、各タイプについて具体的に紹介します。

発達障害の合併のある人

境界知能と発達障害の合併のある人は、自己肯定感が持てない方や、自己認識がはっきりしていて劣等感を持っている人なども該当します。特に、顕在化しにくい発達障害の場合は、就労の場面で困難に直面するケースも少なくありません。

古荘先生ご自身の臨床経験を元にして作成されたデータによれば、境界知能の割合は、一般的なIQの層よりも発達障害者の方が割合が多い傾向にあることがわかっています。そのため、DCD*と境界知能、ADHDと境界知能などの人に対しては、発達障害への支援に加えて、より一歩踏み込んだ支援が必要だと考えます。

*DCD:発達性協調運動症(Developmental Coordination Disorder)

愛着障害のある人

愛着障害*は、診断では反応性愛着障害と呼ばれ、親子関係など家庭に問題があり、虐待を受けた経験がある方などに多く見られます。

自己肯定感の基盤ができていない上、場合によっては不登校などで教育を受ける機会が少なくなるため、IQ自体が低いこともあります。境界知能にあてはまる場合、愛着障害のリスクが高まると言い換えることもできます。

*愛着とは、人生における土台となり、心の発達には欠かせない要素の1つ。子どもは、自分が安心していられる居場所(安全基地)で生活していく中で、愛着を形成していくが、愛着形成がうまくいかないと、過程で得られる自尊心や自立心、社会性などが育たなくなりやすい

抑うつ状態のある人

抑うつ状態のある人やうつ病だと診断された人、ゲームに没頭しすぎるなど精神神経系の診断がつく人は、境界知能がある場合、さらに一歩踏み込んだ支援が必要になります。

こうした状態は、境界知能の二次合併症として捉えることもあります。「現況は、医師に支援対象の診断名で書類を作成してもらい『境界知能の併存もあるため、より手厚い支援を要する』と記載することが重要である」というのが、古荘先生の見解です。

周囲の理解や適切な支援が重要となる

境界知能について「単にIQの数値から「知的障害(知的発達症。これは導入予定のICD-11の用語です。)」と診断するのではなく、フレキシブルに判断することが求められると考えられる」と古荘先生は解説します。境界知能であっても困難が少ないこともあれば、正常域以上でも困難が目立つケースもあるからです。

また、先生は「診断を出す際には併存症の可能性を考慮し、医療の診断も検討することが大切である」とも話しています。

境界知能は単独では支援対象とはなりませんが、理解と配慮を要するケースが多く見られます。生活上の困難さは、成育環境、併存する精神科診断など個々によって異なり、中には、支援が漏れている場合もあります。

また、学校生活や社会生活に困難を抱えている当事者の方も少なくありません。特に、発達障害やうつ病を併発している場合は、就労支援を受けられる可能性もあります。古荘先生は「周囲の理解やサポートや支援が重要であるのと同時に、社会への啓発も行う必要がある」とまとめています。

Kaienでは、2010年頃から、知的障害でも通常(高IQ)でもない発達障害者の層があることを認識してきました。過去10年の間、コロナ禍もあって特別支援学校卒の純粋な知的障害の人に対応する職域は広がっていない状況です。むしろ、備品補充やパントリー、会議室設営といったオフィス内軽作業は少なくなりつつあります。

支援が必要なレベルの方でも、福祉から取り残されている可能性は十分に考えられます。発達障害とされていて、純粋な境界知能の方がいた場合、その人には違うアプローチを探ることもKaienでは大切だと考えます。

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