マルチタスクがうまくできず、日々の仕事や生活に悩んでいる方は少なくありません。「仕事中に話しかけられると集中が途切れる」「家事を同時に進めようとしても段取りが組めない」、そんな経験に心当たりがある方もいるのではないでしょうか。
マルチタスクとは、複数の作業を並行して同時に行うことを言います。例えば、電話に対応しながら相手の話す内容をパソコンに入力したり、鍋を火にかけながら洗い物をしたりといった作業がマルチタスクです。
マルチタスクによって作業は効率的になりますが、実際には多くの人がストレスや混乱を感じています。なかでも、発達障害*1の方にとっては、注意がそれやすい、予定外の出来事に対応しにくいといった特性から、マルチタスクに大きな負担を感じている場合が少なくありません。
この記事では、マルチタスクが苦手な理由や背景、発達障害との関連性、そして日常生活や仕事における対処法について、わかりやすくお伝えします。日々の負担を減らすためにお役立てください。
マルチタスクとは

マルチタスクとは、複数の作業を同時に進めたり、短い時間で切り替えながら対応したりする状態、作業を指します。もともとはコンピューターの処理を示す言葉でしたが、現在では仕事や生活の場面でも一般的に使われるようになりました。
マルチタスクは、「料理をしながら洗濯機を回す」「電話をしながらメモを取る」「会議中に議事録を書く」など、日常的に行われている方法です。しかし、心身に負担がかかりやすい面があり、苦手意識を抱く方も少なくありません。
一方シングルタスクは、マルチタスクと異なり一つの作業に集中して取り組むタスクです。例えば書類の誤字をチェックする、荷物をほかの場所に運ぶなどの作業が挙げられます。
マルチタスクが苦手な理由とは?マルチタスクができない人の特徴

マルチタスクが苦手な面に対処するには、まずは、その原因になっている自分の性格や傾向を知る必要があります。マルチタスクがうまくいかない方は、事前の段取りができておらず行き当たりばったりになってしまったり、一つの作業に集中しすぎてほかのことに気が回らなかったりと、いろいろなパターンがあるためです。
ここでは、代表的な原因として、次の3つを取り上げます。
- 優先順位を決めるのが苦手
- スケジュール管理ができない
- 完璧主義で一つの作業にこだわりがある
それぞれの特徴について、身近な例を交えながら説明します。
優先順位を決めるのが苦手
優先順位を決めるのが苦手な人は、マルチタスクがうまくいかない傾向があります。複数の作業を同時に処理するには、どれを先に済ませるべきかを判断する力が必要です。
しかし、その判断がうまくできないと、すべてを一度に進めようとして混乱が生じます。結果として、時間が足りなくなったり、重要な作業を後回しにしてしまったりするケースが少なくありません。
例えば、「朝、カバンの中身を確認していたのに、途中で朝食の準備をしなければと思ってキッチンに行ってしまう」といった方は、マルチタスクが苦手な可能性があります。複数の作業に同時に意識が向いてしまい、どれも中途半端に終わってしまうのです。
このようにタスクの全体像をつかみながら、作業をうまく切り替えるのが苦手な方は、仕事の中でもトラブルを抱えやすくなります。例えば「今日中に資料を仕上げなければならないのに、電話がかかってきて手が止まってしまい間に合わなくなった」といった状況が起こりがちです。
スケジュール管理ができない
スケジュール管理が苦手な方は、マルチタスクに大きな負担を感じやすくなります。
例えば、「やることを時系列に整理するのが苦手」「時間配分の感覚がつかみにくい」「急な予定変更に対応できない」といった特徴がある方です。このような傾向があると、複数の作業を同時に進める場面で混乱が起こりやすくなります。
仮に、「前日に資料をまとめ、当日午前に関係者に配布し、午後はオンライン会議を行う」という予定だった場合、最初の作業が長引くだけで次の予定に間に合わなくなります。すると、あわててミスが増え、計画がさらに崩れるといった事態が起こりがちです。
マルチタスクでは、段取りの見通しやスケジュール調整の力が欠かせません。スケジュール管理が難しい方は、処理能力を超えてしまうリスクが高まりやすいといえるでしょう。
完璧主義で一つの作業にこだわりがある
完璧主義の傾向があり一つの作業に強くこだわる方は、マルチタスクに苦手意識を持ちやすい傾向があります。「途中で手を止めたくない」「細部まで仕上げないと気が済まない」といった特徴があると、複数の作業を切り替えながら進める場面で負担を感じやすくなります。
例えば、資料のレイアウトを整えている最中に別の案件に関する確認連絡が入った場合、「先に資料をきっちり仕上げたい」という気持ちが強いために、対応が後回しになるなどです。結果として他の仕事に悪影響が出たり、自己中心的な仕事の進め方だと思われたりする場合があります。
マルチタスクには、ある程度の割り切りや柔軟な対応が求められます。一つの仕事を丁寧にやり遂げる力は大切ですがマルチタスクの場面では、こだわりの強さがかえってマイナスに働く可能性があります。
マルチタスクができない人は発達障害の可能性がある?考えられる発達特性
マルチタスクがうまくいかず「頭の中がごちゃごちゃして整理できない」「一つの作業に集中しすぎて他がおろそかになる」と感じる方もいます。実はこうした傾向は、発達障害と重なる特徴です。次項から発達障害の種類ごとの特性や、そこから生じる困りごとなどを解説します。
なお、こうした特徴があるからといって、すぐに発達障害と決めつける必要はありません。不安がある場合は、医療機関や支援機関に早めに相談すると、適切なサポートが得られる可能性があります。
自閉スペクトラム症(ASD)
自閉スペクトラム症(ASD)は、対人関係や想像力、行動の柔軟さに特性が見られる発達障害の一つです。特徴として、強いこだわりや、予定通りに進まない状況への不安、臨機応変な対応の苦手さが挙げられます。こうした特性は、マルチタスクを難しくする要因になりやすいといえるでしょう。
例えば、自閉スペクトラム症(ASD)の方は、手順通りに一つずつ進めるのを好む傾向があり、複数の作業を同時にこなす場面では混乱しやすくなります。特に、予定外の変更や割り込み作業があると、気持ちの切り替えがうまくいかず、作業が途中で止まってしまいがちです。
また、感覚過敏やコミュニケーション障害がある場合は、「周囲の雑音の中で口頭の指示を聞く」「電話を受けている最中に話しかけられる」といった状況で、強い疲労感や混乱を招くおそれがあります。
注意欠如多動症
注意欠如多動症(ADHD)は、集中が続きにくい、気が散りやすい、衝動的に行動してしまうなどの特性がある発達障害です。頭の中で複数の情報を整理するのが苦手なため、どの作業を先に進めるべきか迷いやすく、マルチタスクを求められる場面では混乱しやすくなります。
例えば業務中に電話が鳴ったり、誰かに話しかけられたりすると、それまで行っていた作業の内容を忘れてしまう場合があります。電話をしながらメモを取る、会議で発言しながら議事録を取るといったマルチタスクの状況では注意が分散しやすく、ミスや物忘れにつながるおそれが高いです。
また注意欠如多動症の方の中には、特定の分野で高いパフォーマンスを発揮する方もいますが、マルチタスクを求められると本来の力を出せなくなるケースが少なくありません。例えば高度なプログラミングスキルを持っていても、作業中に電話応対や来客対応が重なると集中が途切れ、結果として能力を発揮できない場合があります。
限局性学習症/学習障害(SLD/LD)
限局性学習症/学習障害*2(SLD/LD)は、知的な発達に問題がないにもかかわらず、「読む」「書く」「計算する」といった特定の分野で目立った困難が見られる発達障害の一つです。背景には、短期記憶の負荷や情報処理スピードのばらつきなどが関係しています。
SLD/LDの方は、複数の作業を同時にこなすマルチタスクにおいて、時間的な余裕が取りづらくなります。例えば、読みの困難がある場合、人よりも資料を読むのに時間がかかるため、それだけで大半のエネルギーを使ってしまい、メモの整理や発表準備に割く余裕がなくなるからです。
結果として、作業が予定通り進まなかったり、急な変更に対応しにくくなったりしてしまい、「仕事が遅い」などと誤解される場合があります。
マルチタスクをこなすための解決策

仕事をする上で、マルチタスクは必須と言えるでしょう。マルチタスクが苦手な方でも、ちょっとした工夫を加えることで解決につながる場合があります。ここでは、具体的な6つの解決策や気をつけたいポイントについて解説します。
シングルタスクに落とし込む
複数の仕事を並行してこなさなければならない場合は、整理しないまま手当たり次第にやろうとすると混乱してミスにつながります。まずは、それぞれの仕事で処理すべき内容を一つひとつのタスクに分解し、細分化しましょう。その後、それぞれのタスクの締切日を決めてExcelなどにまとめ、進み具合をこまめにチェックしながら管理します。
このやり方であれば一度に行うタスクは一つだけなので、マルチタスクが苦手な方でも作業しやすくなるでしょう。
タスクを可視化する
やるべき作業がいくつもある場合、頭の中だけで段取りを考えて抜け漏れがないように処理するのは、多くの方にとって容易ではありません。短期記憶が弱い傾向にある方の場合、うっかりミスなどが増えてしまうこともあるでしょう。
マルチタスクを抜け漏れなくこなす対策として、やることをメモやふせんなどに書いてデスクなど目に付きやすい場所に張り、終わったらはがす方法がおすすめです。発達障害の特性として、耳で聞くより目で見て覚える視覚認知が優位な方が多いので、絵や図などを使って記録しておくのも良いでしょう。上司や先輩から指示をもらう場合も同様です。
優先順位や進捗を共有する
発達障害の方は、やるべきことが複数ある場合の優先順位づけが難しいことがあります。また、細かいところにこだわってしまって一点に集中しすぎるために、仕事の全体が見えなくなって処理漏れや進捗の遅れが生じることも少なくありません。
それらへの対策として、上司や先輩、同僚に優先順位の確認やスケジュールを共有しておき、定期的に作業内容や進捗をチェックしてもらうことが有効です。
急な仕事も対応できるよう余裕を持っておく
バッファーとは余裕やゆとりのことです。予定外の仕事を急に任された場合でもパニックにならずに対応するためには、常に時間や気持ち、ワーキングメモリーにゆとりを持っておくよう心がけましょう。
また、「突発的な仕事を依頼されると、つい焦ってしまう」という方も多いかもしれませんが、そんな時は一度、心を落ち着けてみてください。そして、仕事に取り掛かる前に、タスクの優先順位や段取りを確認することが大切です。
苦手な作業を理解し人に任せる
どんな仕事や業務内容においても、無理は禁物です。特性により困りごとや苦手なことがある場合は、どんな作業が困難なのか、まずは自己理解を深めましょう。その上で、無理にすべてのタスクを自分でこなそうとせずに、同僚や上司を頼って任せることも仕事を円滑に進めるための一つの方法です。
発達障害やメンタルヘルス不調などの医師の診断がある方は、職場で「合理的配慮」を求められます。これにより、「紙やチャットで指示を受けたい」「データ入力など一つの作業に集中できる業務に変更してもらいたい」など、環境改善の具体的な配慮を講じてもらえる可能性があります。
転職を考える際も、配慮に理解のある企業を選んでおけば、自分の力をより発揮しやすくなるでしょう。
マルチタスクができないと感じている人におすすめな仕事
ここまで解説してきたマルチタスクが苦手な方の特徴や、発達障害の特性を考えると、仕事内容が明確で、突発的な対応が少なく、自分のペースで進めやすい仕事が向いているといえます。反対に、人とのやりとりが多く、その場で臨機応変な判断が求められる仕事は、複数のタスクが重なりやすいため負担になりやすいでしょう。
これらの点を踏まえて、おすすめの仕事の一例を以下に示します。
- データ入力
決まった作業を集中して進められ、タスクの切り替えが少ない
- Webエンジニア・プログラマー
手順やルールが明確な作業が多く、深く考えるのが得意な人に向く
- 調理補助
一人で黙々と作業でき、段取りに慣れれば安心して働ける
- 清掃業務
一定のルールに沿って作業でき、集中しやすい
- 在宅ワーク(ライターや画像加工など)
作業環境を自分で整えやすく、対人対応が少ない
適職を一人で見つけるのが難しい場合には、ハローワークや就労移行支援事業所など、専門の支援機関で第三者のアドバイスを受ける方法もあります。プロの視点から自分に合う働き方を整理してもらうと、安心して職場を選びやすくなるでしょう。
マルチタスクができないと悩む方は支援サービスの利用も検討してみて
マルチタスクが苦手だと感じる方の中には、事前の段取りや、適切な作業の切り替えがうまくいかない傾向があります。また、発達障害の方の場合、注意力の欠如や物事への強いこだわり、読み書きの困難さなどの特性が関係している場合があります。
一人で悩まず、医師や支援機関のサポートを受けながら対応していきましょう。
Kaienのリワークプログラムでは、毎日の通所を通じて生活リズムを整えたり、集中力や体力を少しずつ高めたりしながら、安心して復職をめざせる環境が整えられています。
また、障害のある方が転職や就職をめざす就労移行支援では、パソコンや会計、事務などの職業訓練に加え、発達障害に理解のある企業の求人紹介、就職活動の支援、さらに就職後の定着支援までを含めた手厚いサポートを提供しています。
*1発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
*2学習障害は現在、DSM-5では限局性学習症/Specific Learning Disability、ICD-11では発達性学習症/Developmental Learning Disorderと言われます
監修者コメント
マルチタスク (multi tasking) はもともとコンピュータ・サイエンスの用語で、複数の作業を同時並行する能力を意味します。本コラムにあるように、発達障害の方ではこの能力が低下していると考えられますが、果たして我々は同時に複数の作業をこなすことができるのでしょうか?
ハーバード大学の報告によると、我々がマルチタスクを実行すると、それぞれの作業に均等に集中できるわけでなく、集中の仕方もバラバラになりかえってミスが増えるというものでした。この理由として、仕事に必要とされる高次脳機能は、もともとマルチタスク用に特化されていないからだと述べています (Solan, The art of monotasking, 2022: https://www.health.harvard.edu/mind-and-mood/the-art-of-monotasking)。
この説が正しいとすると、発達障害の方のマルチタスク障害と言われるものは、同時並行で処理する能力が低いわけではなく、作業の段取りが苦手、あるいは段取りをした時点で満足して他のことに気が散ってしまうことが考えられます。
先述のハーバードの報告では、一日にこなす課題を最大2つに絞ること、集中する時間を決めてその間に休憩を挟むこと(25分集中→5分休憩を繰り返す、ポモドーロ・テクニックと言うものがあるそうです)、仕事中に起こりうるストレスを最小限にすること、などを薦めています。

監修:中川 潤(医師)
東京医科歯科大学医学部卒。同大学院修了。博士(医学)。
東京・杉並区に「こころテラス・公園前クリニック」を開設し、中学生から成人まで診療している。
発達障害(ASD、ADHD)の診断・治療・支援に力を入れ、外国出身者の発達障害の診療にも英語で対応している。
社会システムにより精神障害の概念が変わることに興味を持ち、社会学・経済学・宗教史を研究し、診療に実践している。