発達障害*の方の中には、「運転免許をとれるかな?」「注意力に自信がないので運転が不安」などと悩んでいる方もいるかもしれません。しかし、安全に運転を楽しんでいる発達障害の方もいます。
本記事では、発達障害の方の運転事情や、障害の特性が運転に与える影響、安全に運転するためのポイントを分かりやすく解説します。免許取得の参考にしてください。
発達障害の診断があっても運転免許はとれる?
発達障害の診断を受けていても、運転免許の取得は可能です。従来の道路交通法では、てんかんや統合失調症など運転に影響が出る症状があると、運転免許の取得や更新が厳しく制限されていました。しかし、2002年の道路交通法改正により、症状が適切に管理されていれば免許の取得や更新が認められるようになりました。
ただし、症状によっては、医師の診断書が求められる場合があります。症状や運転への影響が記載された診断書を提出し、安全運転に問題がないと判断された場合に限り、免許取得が可能です。
さらに、運転に影響を及ぼす可能性がある薬は、服用が制限される場合があります。服用中の薬がある場合には、免許取得を目指す前に担当医に相談しておくとよいでしょう。
参考:警察庁「運転免許の拒否等を受けることとなる一定の病気等について」
発達障害の人はどこで運転免許をとる?
発達障害の方は通常の教習所で免許をとることができます。しかし、障害の特性から教習内容についていけるか不安な方もいるでしょう。そんな方には、発達障害の方向けのコースがある教習所がおすすめです。
障害により配慮した教習を受けたい場合は、鹿沼の自動車学校が作った「つばさプラン」やそれに準じるものを全国で受けられます。教習が不安な方は、ご自身のお住まいの地域の教習所で発達障害に対応したコースがあるか調べてみるとよいでしょう。
参考:鹿沼自動車教習所「教習に不安のある方の運転免許取得をサポートする つばさプラン」
発達障害の人の運転事情
発達障害の特性から、運転に対して苦手意識を持つ人は多くいます。注意力や判断力が求められる運転では、発達障害の特性である不注意、多動性・衝動性、こだわりの強さなどが影響するケースがよくあるからです。
そのため、免許を取得したのに、不安を感じて運転できなくなる方がいます。例えば、急な飛び出しに気付くのが遅れる、信号を見落とすといった体験を繰り返すうちに運転を辞めてしまうようなケースです。
一方、こうしたヒヤリハット体験を何度もしているにもかかわらず、ドライバー本人が危険を認識していない場合も少なくありません。理由は一概にいえませんが、特性を理解しておらず「運転に慣れていないだけ」「単なる注意不足」などと思う場合や、重大事故に至らなかったことで「これくらいなら大丈夫」と誤認する場合があるようです。
実際、ADHDの傾向がある方は、交通事故を起こしやすいという研究結果が出ています。運転の危険性を自覚しているか否かに関わらず、免許取得は慎重に検討することが大切です。
参考:公益財団法人 タカタ財団「発達障害傾向のあるドライバーの運転行動特性の解明」
発達障害の人が運転が苦手な理由
発達障害の方が運転を苦手とするのは、その特性が密接に関係しています。特性を理解しておくと、リスクを未然に減らしたり、対策を講じたりできるようになるでしょう。
発達障害の種類・症状別に、なぜ運転が苦手になりやすいのか、具体的にどのような影響が出るのか解説します。
ADHDの特性と運転
ADHD(注意欠如多動症)の特性の中で運転に特に影響を与えるのは、衝動性・多動性と不注意です。具体例を交えながら、特徴を解説します。
衝動性・多動性
ADHDの方の衝動性は「考える前に行動してしまう」特性で、多動性は「じっとしていられない」特性です。これによって、自動車の運転中に次のような危険な行動をするリスクがあります。
- 安全確認をせずに急ブレーキや急発進をする
- 渋滞中や他の車の動きにいらだち、あおり運転や無理な追い抜きをしてしまう
- 進路変更や目的地変更を衝動的に行い、交通の流れを乱してしまう
衝動性・多動性の傾向が強いADHDの方は瞬時の判断や感情のコントロールが苦手であるため、リスクを顧みない行動を起こす可能性があります。
不注意
ADHDの方は集中力を維持しにくく、気が散りやすい特性を持っています。これにより、運転時に次のようなリスクが生じます。
- 一方通行の標識を見落とし、逆走してしまう
- 車用信号と歩行者用信号を混同する
- 車間距離に注意が払えず、追突事故を起こす
- 同乗者との会話に気を取られて前方不注意になる
不注意の傾向が強いADHDの方は、運転中に別の刺激に意識がそれる、複数の行程を順序立てて進めるのが苦手といった特徴があります。
ASDの特性と運転
ASDの特性として、こだわりの強さ、状況の読み取りの難しさ、感覚過敏が挙げられます。これらが運転中の判断や対応に影響を及ぼし、運転を苦手と感じる場合があります。
こだわりが強い
ASDの方は、特定のルールや手順に対して強いこだわりを持つ傾向があります。そのため、次のような危険な運転につながる可能性があります。
- 信号の変化に迅速に対応できず、危険を招く
- 独自の運転ルールに固執し、交通を妨げる
- いつもと違う交通状況になると、不安を感じて行動が止まる
ASDの方のこだわりは、本人にとっては正しく重要なものであるため、危険な運転を自覚できない場合があります。ご家族や周囲の方が危険な兆候を察知した際は、ASDの方が納得できる方法で説明するのが望ましいといえます。
状況の読み取りが難しい
ASDの方は、視線や表情、身ぶりなどの非言語的なコミュニケーションが苦手な傾向があります。また、相手の意図や状況の変化を察知するのが難しい点もASDの方の特徴です。具体例を以下に示します。
- 車線変更時に、後続車が譲ろうとしているサインを見逃し、車線に入れない
- 後続車とのコミュニケーション(例:ウィンカーやアイコンタクト)がとれず、危険な状況を招く
- 交差点で対向車が右折を譲るためにライトを点滅させても、意図を理解できず進むべきか迷ってしまう
特に、交通量が多く複雑な状況になると、状況の読み取りが難しくなる傾向があります。
感覚過敏がある
ASDやADHDの方には、感覚が過剰に敏感になる「感覚過敏」という特性がみられる場合があります。音や光、振動、匂いなど、周囲の刺激に対する過敏な反応が運転中に影響を及ぼすことがあります。
- 太陽光や対向車のヘッドライトが強すぎると、視界が遮られるように感じる
- 車のエンジン音や走行音がストレスとなり、集中力が低下する
- 踏切の警報音が不快感を引き起こし、注意力が落ちる
- 特定の車内環境(エアコンの風の感触、座席の素材感など)によって気が散りやすくなる
感覚過敏がある方は、外部の刺激を適度に遮断する工夫が必要です。
LDの特性と運転
LD(限局性学習症)の方は、文字や図形を理解することが難しい、情報処理速度が遅い、記憶力に偏りがあるなどの特性があります。これらの特性が下記のように運転に影響を与える場合があります。
- 道路標識や地図の読み取りが難しい
- 空間認識が苦手なため、方向転換がスムーズにいかない
- 道順を覚えられない
なお、LDの方は、運転免許試験の筆記問題が理解しづらい場合もあるでしょう。免許取得に困難さを感じる場合には、専門的なサポートや訓練を受けることも可能です。
発達障害の人が運転する際に意識したいポイント
ここでは、発達障害の方が安心して運転するためのポイントを紹介します。これらはドライバー全般に役立つものですが、発達障害の方はより積極的に取り入れるとよいでしょう。
十分な睡眠を取る
発達障害の方は、睡眠不足によって注意力が普段より落ちる可能性があります。また、不安や焦燥感が高まり、衝動的な行動やこだわりを強めてしまう場合もあるでしょう。その結果、標識の見落としや危険状況への対応遅れにつながったり、急な操作や予測不能な行動を引き起こすリスクが高まったりします。
規則正しい生活を心がけ、運転前日は十分な睡眠時間を確保しましょう。眠気を感じた際は、休息や仮眠を取る方法も効果的です。
音楽や会話など気がそれやすい行動は避ける
発達障害の人にとっては、気がそれやすい行動を避けることが安全運転につながります。具体例をいくつか示します。
- 音楽やラジオは穏やかで静かなものを選び、音量は控えめにする、またはオフにする
- スマートフォンは「ドライブモード」を活用し、通知音をオフに設定する
- 同乗者との会話を控える(同乗者はあまり話しかけないようにする)
これらの対策は、不注意や衝動的な行動が起きないようにするうえで効果的です。
目的地のルートや天候を事前にチェックする
運転前に目的地のルートや天候を確認すると、予測できない状況を減らし、安全性を高められます。とっさの判断が苦手な発達障害の方にとって、入念な準備は、運転のミスやストレスを減らすために効果的です。
以下に一例を示します
- 地図アプリやカーナビを使い、最適なルートを確認し、重要な交差点や目印を把握する
- 天気予報を確認し、雨や雪など悪天候に備える
ルートが分かっていれば迷うことが減り、運転に注意を集中しやすくなります。また、天候を確認しておけば、視界の悪い雨天の運転を避けたり、日差しの強い日にサングラスを用意して感覚過敏を防いだりといった対策ができるでしょう。
長距離運転の際は適度に休憩をとる
長時間の運転では疲労がたまり、注意力や判断力が低下します。休憩や気分転換をして、心身をリフレッシュしましょう。
以下のような簡単な方法でも、疲労軽減に役立ちます。
- 停車中に腕や首を軽く回すストレッチで筋肉をほぐす
- 目を閉じて1~2分静かに座り、頭をすっきりさせる
- 深呼吸を数回繰り返し、リラックスして集中力を取り戻す
- サービスエリアや道の駅などに立ち寄り、休憩する
自分で疲労や集中力の低下に気付かない場合もあります。そのため、同乗者が適切なタイミングで休憩を促すことも大切です。
発達障害の特性を理解し、安全運転を心がけよう
発達障害の方でも、特性を理解し適切な対策をとることで、安全な運転が可能です。自動車を運転すれば、行動範囲が広がり、生活の質(QOL)が向上するなど多くのメリットがあります。過度に恐れることなく運転免許の取得を検討していきましょう。
自分の苦手な領域や、危険な行動につながる要因に気を付けながら運転すれば、安全性を高められます。特性をより深く理解したい場合は、医療機関や発達障害の方向けの支援機関を利用する方法もおすすめです。
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます。
監修者コメント
精神疾患の多く(うつ病、躁うつ病、統合失調症、発達障害、認知症、てんかんなど)は、自動車を運転する場合、臨時適性検査の受検や医師の公安委員会への診断書が必要になることがあります*1)。また、抗うつ薬や抗精神病薬は認知機能を低下させる可能性があるため、その処方が制限されたり、要注意となったりする場合があります。
このように、精神疾患を有する方の自動車運転は困難になる場合が多いのですが、公共交通機関の発達した都市部と異なり、地方部ではどうしても自動車の運転を避けられない場合があります。一律に向精神薬を内服する患者さんが運転してはダメ、と言うのは現実的ではありません。
このため、日本精神神経学会では、精神科医が患者さんの自動車運転についての診療ガイドラインを設けています*2)。医学的な知見だけでなく、法律家の観点なども取り入れた包括的な資料となっています。
今後、自動運転やAI(機械学習)技術の発展により精神疾患を持つ患者さんの運転が、特に制限されることのない時代が来るかもしれません。同時に運転に集中するには、どのような精神機能が必要なのか明らかにすることで、例えばADHDの詳しいメカニズムや治療法が開発されるかもしれません。
*1) https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/menkyo/menkyo/sodan/tekisei00.html
*2) https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/20140625_guldeline.pdf

監修:中川 潤(医師)
東京医科歯科大学医学部卒。同大学院修了。博士(医学)。
東京・杉並区に「こころテラス・公園前クリニック」を開設し、中学生から成人まで診療している。
発達障害(ASD、ADHD)の診断・治療・支援に力を入れ、外国出身者の発達障害の診療にも英語で対応している。
社会システムにより精神障害の概念が変わることに興味を持ち、社会学・経済学・宗教史を研究し、診療に実践している。