働く環境や業務内容などがストレスとなり、心身に不調をきたす「適応障害(適応反応症)」に悩む方が増えています。そのような状況で退職を選ぶのは大きな決断ですが、適応障害で退職することは甘えではなく、自身の健康を守るための重要な選択です。
しかし、適応障害を理由に退職を選んで良いのか、他の選択肢はあるのか、退職後の生活はどうなるのかなど、退職に対する不安要素が多く残るかもしれません。
本記事では、適応障害で退職をする際に後悔しないための方法や、退職までの流れについて解説します。退職後に受けられる経済支援や、再就職のための支援制度も紹介するので、ぜひ参考にしてください。
適応障害(適応反応症)とは

適応障害(適応反応症)とは、仕事や職場環境などにストレスを強く感じることにより、心身にさまざまな不調が現れる状態のことです。主な症状として、強い不安感や抑うつ、集中力の低下といった精神的なものから、不眠や食欲不振、動機、めまいなどの身体的なものまであります。
適応障害は仕事でのストレスが引き金になって起こるケースが多いことから、自身の心の弱さを責めたり、無理をして働き続けてしまったりする方も多く見られます。しかし、無理して働き続けることは症状の悪化につながり、不調を長引かせてしまう可能性も高いです。適応障害の症状が見られたら早めに医療機関を受診して、休養などの適切な対処で心と身体の健康を取り戻すことを優先しましょう。
適応障害と発達障害の関連性
実は、発達障害*¹に気付かないまま就職し、適応障害の発症を機に発達障害があることに気付くケースも少なくありません環境を変えても適応障害をくり返す場合や、仕事でミスが多い、コミュニケーションがうまくできないといった困りごとがある場合は、脳機能の障害である「注意欠如多動症(ADHD)」「自閉スペクトラム症(ASD)」「学習障害*²/限局性学習症(LD/SLD)」などの発達障害が隠れている可能性があります。
適応障害の場合は適切な治療や対処によって改善されるケースがほとんどです。しかし、発達障害の二次障害として適応障害が現れている場合は、発達障害の特性を理解したうえでの適切な対応や配慮が求められます。
適応障害と診断されたらどうする?
適応障害に当てはまる症状がある場合は、早めに専門のクリニックを受診して診断を受けることをおすすめします。適応障害の治療は、ストレスの原因となる環境から離れ、安心して過ごせる場所で休養をとるのが基本です。
仕事内容や職場の人間関係にストレスを感じ適応障害を発症しているのであれば、無理して働き続けずに、その環境から離れることを優先に考えましょう。職場を離れる選択は勇気がいるかもしれませんが、症状の改善のためには自身をつらい環境から解放し、心身をゆっくり休ませることが大切です。
適応障害で仕事を辞めるか悩んだら
適応障害で退職を考えるとき、特に頭を悩ませるのが「本当に今、仕事を辞めるべきなのか」ということではないでしょうか。中には、業務はつらくても職場は好きな場合や、人間関係になじめなくても仕事は好きな場合など、辞めたい気持ちと続けたい気持ちの間で揺らぐこともあると思います。
そこでここでは、どのような視点から仕事を辞めるか続けるかの判断をすべきか、そのポイントを紹介します。
適応障害で仕事を辞めたいと感じる原因
適応障害の特徴として覚えておきたいのが、適応障害は特定のストレス因子が引き金になって発症するということです。通常であれば、ストレス因子から離れれば症状は改善しますが、再び似た環境に直面すると症状が再発する可能性もあります。
そのため、適応障害の根本的な改善には、ストレス因子の明確化や具体的な対策が必要です。また、この点が明確になれば、配置転換や働き方の変更など、退職以外の選択肢も検討しやすくなるでしょう。
ちなみに、適応障害は患者を休職させるために便宜上の診断名として使われることもあります。ストレス因子から離れても症状が改善しない場合は、適応障害以外の精神疾患を併発している可能性もあるので、医師とよく相談して根本の原因を探っていきましょう。
適応障害で退職は甘え?判断するポイント
適応障害などの心の病気で退職するのは甘えではないかと考えてしまう方もいるかもしれませんが、決してそんなことはありません。ストレスを感じる要因や度合いは人それぞれ異なります。同じ環境にいてもストレスを感じない人もいれば、強く感じる人もいるため「職場の同僚は普通に仕事ができているのだから自分も頑張らなければ」と自分に言い聞かせる必要はないのです。
適応障害は医師の診断を受け、適切な治療や休養をとれば比較的早い改善が見込めます。むしろ、適応障害のまま仕事を続けるほうが、症状の悪化や再発を繰り返す危険があるため、無理は禁物です。
適応障害で退職する流れと伝え方

自分が適応障害かもしれないと思っても、何から始めればよいか悩む方は多いと思います。そこでここでは、適応障害による退職を検討する際の基本的な流れと、その際に必要な準備について解説します。
一般的な手順は以下のとおりです。それぞれのステップで何をすればよいか、具体的に見ていきましょう。
- 診断書の取得
- 主治医や産業医の意見を聞く
- 上司や人事に伝える
- 有給休暇の消化と退職時期の相談
- 退職届の提出
診断書の取得と伝えるタイミング
まずは医師による診察を受けて診断書を取得しましょう。診断書は職場に自分の状態を正しく伝える大切な書類です。病状の説明や退職に向けた相談などをする際に診断書があれば理解を得やすくなります。
診断書を取得する際は、現在の体調や働くうえでの困難について、できるだけ具体的に医師に伝えましょう。医師が具体的な内容を把握できれば、診断書にも業務内容が原因で症状が悪化している旨を記載してもらえる可能性があります。
退職を伝える時期などは、職場の就業規則に従って行うのが基本です。職場によっては、退職の2ヶ月前に申し出る必要があったり、手続きの方法が定められていたりするため、事前に確認しておきましょう。一般的には退職の1〜3ヶ月前に、直属の上司に退職の意思を伝えます。
主治医や産業医の意見を聞く
退職すると決める前に、主治医や産業医の意見を聞いてよく考えてから最終的な判断をしましょう。あなたの症状を理解している主治医なら、退職の前に休職してみることを勧めるかもしれません。産業医がいる職場なら、産業医学の専門的知識をもとに、就業に関する助言や意見を伺えます。
退職するか否かを決めるのはご自身ですが、一人で決断する前に主治医や産業医などの専門家に相談し、より広い視野で考えることが大切です。
上司・人事への効果的な伝え方
適応障害になった経緯や要因を上司に伝えることも大切です。適応障害の原因が業務内容や職場環境にある場合は、それらを変えることで症状が改善するケースも少なくありません。「業務量が多すぎて心身の疲労が溜まり体調不良が続いている」「職場の人間関係で強いストレスを抱えている」など、自身の症状を上司に伝え、業務量や配置を変えられないか相談してみましょう。
適応障害を上司に相談する場合は診断書があるとスムーズです。適応障害の理解を得て、現時点で可能な最善の業務調整をしてもらうためにも、医師の診断を受けて診断書をもらっておきましょう。
なお、適応障害などの精神疾患がある場合、事業者に対して就労を継続できるように職場の環境や業務の内容を調整する「合理的配慮」の提供が求められます。
合理的配慮の例には業務内容の見直しや勤務時間の調整、静かな作業環境の確保などが挙げられます。事業主が対応すべき範囲は、事業者側が過度な負担にならない範囲とされており、具体的な対応は双方が話し合いですり合わせながら決めていくのが基本です。
有給休暇の消化と退職時期の相談
適応障害によって心身の不調が続いている場合、退職までの期間に有給休暇を活用することで、体調を整える時間を確保できます。これ以上の出社が難しい場合は、計画的に有給休暇を取得して、出社せずに退職日を迎える方法も検討してみましょう。
また、具体的な退職時期は職場の就業規則に従って調整することが基本です。退職の申し出から退職日まで期間が定められているケースが多いので、事前に規則を確認し、上司や人事担当者としっかり相談しましょう。
有給休暇は法律で認められた労働者の権利です。消化できずに退職してしまうともったいないため、無理のない範囲で休暇を取得し、退職に向けて心身の準備を整えることをおすすめします。
退職届の提出
退職の意思を伝えたあとは、就業規則に従って退職届を提出します。
その際、退職理由は必ずしも適応障害であることを伝える必要はありません。「自己都合のため」や「健康面の理由」などと伝えれば通じる場合がほとんどです。すでに上司へ適応障害について相談している場合は、より話が通りやすいでしょう。
なお、退職を引き留められたとしても退職は可能ですが、引き留めを断りにくい状況になることもあり得ます。自分だけで対処するのが難しい場合は、厚生労働省や市町村などが設けている相談窓口を利用してみるのも一つの手段です。
適応障害で仕事を辞める前にやるべき対策方法

適応障害で退職した後の生活や、次の仕事をどのようにしたらよいか、不安を抱えている方もいるでしょう。退職を決断する前に検討すべきことや、退職後に受けられる支援制度を知ることで、安心して退職の準備が進められます。
ここからは、仕事を辞めても後悔しないために退職前に知っておきたい対策方法について解説します。
休職や働き方の変更を検討
退職を考える前に、休職制度のある会社なら一定期間休職して職場を離れるのも1つの選択です。休職中は基本的に給与は出ませんが、傷病手当や自立支援医療などの経済支援が活用できるため、収入が0になることはありません。
休職期間の目安は3ヶ月から6ヶ月程度ですが、症状によってはこれ以上の期間が必要となることもあります。休職制度が利用できるかどうかは会社によって異なりますので、上司や人事部などに事前に確認してみましょう。
また、休職後の職場復帰をスムーズにするための支援制度として、リワークやリハビリ出勤があります。これらの制度を活用し、少しずつ心身を職場環境に慣らしながら復職を目指しましょう。
リワークやリハビリ出勤についての詳しい情報は、以下で詳しく解説しているので参考にしてください。
適応障害と診断されたら仕事はどうする?休職までの流れや復職・転職の支援機関を紹介
退職後に受けられる支援を知る
適応障害で退職した後も、さまざまな経済支援や就労支援が受けられます。どのような支援があるのかあらかじめ理解しておくことで、退職後の生活に対する不安を軽減できるでしょう。主な経済支援としては、失業手当や自立支援医療、傷病手当金などです。
また、就労移行支援やハローワークのような就労支援機関を利用すれば、再就職や職場復帰に向けたサポートを受けることができます。具体的な支援については、次項で詳しく見ていきましょう。
適応障害で退職後に活用できる経済支援制度

適応障害で退職した場合、心配なのはその後の生活ではないでしょうか。適応障害を含め、さまざまな理由で退職した場合、さまざまな経済支援を受けることが可能です。ここでは、それぞれの経済支援の内容や受給の条件などを解説していきます。
傷病手当金の申請
傷病手当金とは、病気やケガで仕事を休んでいる期間に、被保険者とその家族の生活を保障するために支給される手当金です。支給を受けるには、病気やケガの療養のための休業で、休業期間に給与の支払いがないなどの条件を満たしている必要があります。支給期間は支給開始日から通算1年6ヶ月です。
退職後であっても1年以上の被保険者期間があり、既に傷病手当金を支給されている、あるいは支給条件を満たしている場合は退職後も支給を受けられます。
失業手当(雇用保険給付)
失業手当とは、仕事を失った人が再就職するまでの一定期間、給付を受けられる制度です。ただし、失業手当は退職者の誰もが受けられるのではなく、以下の条件を満たしている方が対象になります。
- 退職前の一定期間雇用保険に加入し、保険料を納めている
- 再就職の意思があり、求職活動を行っている(ハローワークへの相談や職業訓練を含む)
受給される金額や期間は、失業手当を受ける方の雇用保険加入期間などによって異なります。
自立支援医療(精神通院医療)
自立支援医療(精神通院医療)とは、心身の障害を治療するための医療を受ける場合に、医療費の自己負担額を軽減する公費負担医療制度です。適応障害での通院は精神通院医療の対象となるため、自立支援医療が適用できます。
自立支援医療を適用すると、通常3割負担している医療費の自己負担額を原則1割までに抑えることが可能です。なお、ひと月あたりの負担上限額は所得に応じて設定されます。所得の低い方も継続的な医療費が発生する方も、適用により負担を抑えて必要な医療が受けられます。
障害者手帳の取得
障害者手帳とは、身体障害や精神障害のある方が申請すると取得できるものです。手帳により障害があることを証明でき、医療費や税金の軽減、公共料金の割引などが受けられるメリットがあります。取得によりさまざまな経済的支援が受けられるため、退職後の金銭的な負担が軽減されるでしょう。
ただし、認定基準はお住いの市町村によって異なり、適応障害のみでの申請は難しい場合もあります。適応障害で障害者手帳を申請する場合は、医師と相談して進めると良いでしょう。
生活保護の活用(必要な場合)
生活保護とは、何かしらの理由で働けない人や低収入などで生きていくために必要な収入を得られない人を対象に、最低限の生活を保障する金額を支給する制度です。障害の有無に関わらず、世帯収入が国の定める最低生活費に満たない場合は、日常生活の衣食住に必要な費用や医療費、教育費などの生活保護が受けられます。
生活保護の受給可否は主に収入面で判断するため、適応障害があるからといって申請が通るとは限りません。受給要件は自治体によっても異なるため、お住まいの地域の福祉事務所に問い合わせて確認しましょう。
適応障害の方の社会復帰・再就職支援

適応障害のある方が再就職に向けて行動する際は「就労移行支援」の利用がおすすめです。就労移行支援とは、障害のある方の再就職を支援するサービスで、就職に向けた訓練や就職活動、就職後のサポートまで一貫した支援が受けられます。退職後に一人で就職活動をするよりもスムーズに進められるだけでなく、専門家による適切な支援が受けられるため、自分に合う職場への再就職が望めるでしょう。
また、就労移行支援を行う各地の事業所ではリワークも受けられます。リワークとは就労支援の一環で、適応障害やうつ病などにより休職している方の職場復帰や、退職した方の再就職を支援する制度です。就労移行支援事業所でのリワークは、職場復帰支援や再就職のサポートをメインに行っています。就職の相談や就職後の支援が受けられるのに加え、プログラミングやビジネスマナーなどのビジネススキルを習得できるのもメリットです。
適応障害の方が受けられる支援を知り、後悔しない選択を
職場環境などにストレスを感じて適応障害になってしまった場合、無計画に退職をすると後悔してしまう可能性があります。まずは休職や働き方の変更を検討し、休養をとることで自身の健康を最優先にしましょう。もし退職をしても失業手当や就労移行支援など、さまざまな支援が受けられるので不安になることはありません。
適応障害で退職した方は、Kaienの就労移行支援や自立訓練(生活訓練)の利用がおすすめです。Kaienでは安定した生活を送るためのカリキュラムや、就労に関するスキルを習得するプログラムを通じて、適応障害の方の職場復帰へのサポートを行っています。
心と身体が健康を取り戻し、再就職を考えるタイミングが来た際は、ぜひお気軽にKaienにご相談ください。
*1発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
*2学習障害は現在、DSM-5では限局性学習症/Specific Learning Disability、ICD-11では発達性学習症/Developmental Learning Disorderと言われます
監修者コメント
退職を決意するのは一大事だと思います。次にうまく転職できるか、もし就職できなかったらどうしよう…こう悩むのも不思議なことではありません。まだ転職することが珍しかった時代には我々医療者は、患者さんに退職を思いとどまるように勧めるのが基本的な対応でした。しかし、転職することが一般的になってきた現在では、患者さんの方で先に転職活動をして次の就職先を見つけることが珍しくなくなりました。
それだけ転職に対する心理的・物理的バリアーが減ったと言えるでしょうが、退職に際して留意していただきたいことはいくつかあります。それは本コラムにもありましたように、経済的な損失を最小限に留めることです。失業保険を受け取る際にメンタルクリニックで治療を受けていることを主治医が意見書に書くと、受給期間が延長されることがあります。また、お給料によっては傷病手当を継続して受けた方が経済的に有利なこともあります。
「衣食住足りて礼節を知る」ということわざもある通り、退職によって日常生活を切り詰めるようになると、精神的にも不安定になります。”Look before you leap.” 準備を万全にして退職に進みましょう。

監修:中川 潤(医師)
東京医科歯科大学医学部卒。同大学院修了。博士(医学)。
東京・杉並区に「こころテラス・公園前クリニック」を開設し、中学生から成人まで診療している。
発達障害(ASD、ADHD)の診断・治療・支援に力を入れ、外国出身者の発達障害の診療にも英語で対応している。
社会システムにより精神障害の概念が変わることに興味を持ち、社会学・経済学・宗教史を研究し、診療に実践している。
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