発達障害と最低賃金

最賃の上昇は、働く発達障害の人たち、特に障害者雇用にどう影響するのか?
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過去20年で50%近い引き上げ

2020年はコロナ禍のために見送られた最低賃金の引上げ。2021年は過去最大幅である28円が引き上げられることになりました。全国平均では時給930円になります。

また都内では1,013円が1,041円に引き上げられる見込みです。これは20年前の708円に比べると333円、率にして47%の上昇です。一年あたり16円以上引き上げられてきたことになります。

参考)最低賃金 過去最大の28円引き上げ 審議会が目安まとめ答申 ー NHK

最低賃金は全国平均で1,000円までは引き上げられる方針ですので、あと70円は上がることになります。都内では1,100円台が落ち着きどころになるわけです。そしてこのペースで考えると2026年ごろにはその水準に達するはずです。

障害者雇用は最低賃金の求人が多い

ハローワークインターネットサービスで調べると、全国の賃金の分布がある程度わかります。

私が先ほど、都内の障害者雇用を300件調べたところ、全体の15%が1,013円の最低賃金の求人でした。1,015円や1,020円などほとんど最賃と変わらない求人を合わせると20~25%程度になります。「障害者が枯渇している」とも言われる都内でこの状況なのですから地方ではより最低賃金に紐づいた障害者雇用の求人が多いことは想像に難くありません。

もちろん月給で20万円台後半の求人も、当社もたくさん開拓していて、障害者雇用=最低賃金ではないことは念を押しておきたいですが、障害者雇用の場合、相当数の求人が最低賃金を基準にしていることは否定できないと思います。

生活費に若干でも余裕が出る一方…

当然、最低賃金が上がると、いま働いている人も給料が上がっていきますし、これから働こうという人もより条件が良くなった求人に申し込めるわけで、生活面でプラスのことが多いでしょう。同じことをしても金銭的な評価が上がるわけですので、悪いことは無いはずです。

(日本はまだインフレ率がほぼゼロ%なので問題が無いですが、アフターコロナの世界になっているアメリカでは12年ぶりの価格上昇が起き生活必需品などが軒並み上がっています。コロナ後の世界はまだ想定がつきづらいですが、日本でも予期せぬ価格上昇は起こりえます。最低レベルの給与が想定外に上がったことで、生活面で救われる人は今後多くなるかもしれません。)

最賃が上がると、そのちょっと上の給与も連動して上がり、その効果は波及していく可能性があります。自分は最低賃金とは関係ないよ、と思って働いている障害者雇用の人たちも実は底上げ効果によって自分の給与が上がる可能性は十分にあるでしょう。

機械化・自動化が進み、仕事がなくなる可能性

ただし、企業の立場に立つと状況はそれほど単純ではありません。そもそも最低賃金に設定されている仕事は行政のルールが無かったらもう少し低い額で設定されていた仕事である可能性があります。つまり仕事の経済的価値が最低賃金以下だと企業が考えている可能性が高いということです。

この場合、最低賃金が上がれば上がるほど、人からロボット・AIなどに企業がシフトしていき、エッセンシャルワーカーなど現場で働く仕事が人の手からなくなっていく可能性があります。障害者雇用はこの機械化の影響にさらされている人が多いのが事実です。

障害者雇用を諦める企業が出ないか?

二つ目に、障害者雇用の場合は「障害者手帳を持っていることが戦力」と考える企業があるのも事実です。つまり給与相当には貢献する必要はないが、障害者雇用率の維持・向上のためにいてくれることが戦力という意味です。

この場合、最低賃金が上がるほどそのコストも上がっていくわけで、ここまで払う必要があるならば、そもそも法令違反であっても障害者雇用をこれ以上頑張らない(雇用納付金という”罰金”を支払うことで良しとしてしまう)企業が増えてしまうのではないかという懸念もあります。

これまでの方針を転換する企業が増える?

三つ目に、これまでの雇用方針を変更する企業が出る可能性があります。2つ目の「障害者雇用自体を諦める」ことはなくても、少し考え方を変えるところが出てくるかもしれないということです。

障害があっても本業に貢献してほしいというまっとうな企業は大変多いのですが、実際、本業だけで障害者雇用率を維持するのが難しくなってきて、数(雇用率)を維持するために”手打ち”する部分も併用する企業も出てきました。”手打ち”の部分で言えば、例えば戦力にはなっていないものの、地方で家庭菜園のような作業をしてもらい最低賃金を渡すという妥協せざるをえないイメージです。(参考)障害者雇用における『障害者の取り合い』

最低賃金が上がると、本業の部分でとれる策が限られてきて、「妥協」の雇用例が増えてしまう可能性が懸念されます。ちなみに、企業の最低賃金対策としては、その他にも

  • 最低賃金がより安い地方に雇用者を増やす(もちろんこれは地方の人たちにとっては朗報です)
  • 地方にいる重度身体障害者など雇用率を2ポイント稼げる障害者に絞ってテレワークを推進する(これも当該当事者にとっては福音です)

などいくつか考えられそうです。

障害者雇用における『障害者の取り合い』

制度あるところに歪みは必ずある

もちろんどんな制度も、すべての人が納得するものではありません。なんらかのルールを作ると必ず歪みは生まれます。それ自体に文句を言い続けても何も解決しないでしょう。

一方で、当社はそういう歪みをついてお金を儲けたり人を動かしたりすることではなく、まっとうに問題解決を図ろうという企業や行政、組織・個人と結びつきながら、発達障害*のある方が「最低賃金の上昇」のポジ面を享受できるように、動き続けたいなと思っています。

文責: 鈴木慶太 ㈱Kaien代表取締役
長男の診断を機に発達障害に特化した就労支援企業Kaienを2009年に起業。放課後等デイサービス「TEENS」
大学生向けの就活サークル「ガクプロ」就労移行支援および自立訓練(生活訓練)「Kaien」 の立ち上げを通じて、これまで2,000人以上の発達障害の人たちの就職支援に現場で携わる。日本精神神経学会・日本LD学会等への登壇や『月刊精神科』、『臨床心理学』、『労働の科学』等の専門誌への寄稿多数。文科省の第1・2回障害のある学生の修学支援に関する検討会委員。著書に『親子で理解する発達障害 進学・就労準備のススメ』(河出書房新社)、『発達障害の子のためのハローワーク』(合同出版)、『知ってラクになる! 発達障害の悩みにこたえる本』(大和書房)。東京大学経済学部卒・ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了(MBA)。星槎大学共生科学部 特任教授 。 代表メッセージ ・ メディア掲載歴

*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます