療育を受けた大人の発達障害 成人後に気づいた発達障害

vol.6-2 横浜ハビリテーションクリニック 日原信彦 医師
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シリーズ『医師と語る 現代の発達障害*』

前編「療育は親へのエンパワメント」はこちら

日原 → 横浜ハビリテーションクリニック 日原信彦 医師
鈴木 → 株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太

療育を受けた大人の発達障害 成人後に気づいた発達障害

鈴木) 数ヶ月前、大人も診療再開されたという風に伺っています。小さい頃に療育や診断、自覚をした人の大人の発達障害と、大人になってから発達障害に気づいた層の、大きく二つに分けるとすると、それぞれどうやってアプローチしていけばいいのでしょうか。

日原) 価値観なんですよね。どこに価値観の基準を持たれているのかというところがとても大きいような気がしています。それは自我形成とかなり関係がある。自我形成が進んでいる方って、安定した価値観を持ちつつあるので、そういう方の場合、そこから考え方をスタートさせる。支援でもその考えを尊重するので、筋道を立てやすいんです。療育を受ける効果の一つはそこですね。

鈴木) お金を重視するだったら給料をとか、人間関係のことを気にされる、家族を気にされるんだったら、そこをまず軸に見ていこうということですね。

日原) だけれども大人になって初めて気づいた人は、発達障害の例えば自閉スペクトラム症にしても ADHD にしても、自分の中に一定の価値観を育めたチャンスっていうのが希薄なんですね。自信を持って自我を育めていない。そうするとその場その場で価値観の基準が変わってくる。権威に委ねてしまうこともあったり、上司の考え方で大きく左右したりとか…。

鈴木) 宗教だったりとか。

日原) そうですね。そういう感じになりやすくて、場面場面でその時に思い浮んだものに、行動や判断が流されてしまいます。そうすると心も疲れやすいので、エネルギーがすごく枯渇しやすくもなります。なので価値観が安定していない場合は、全体的にと言うか、医学的な薬物治療も含めながら、心の揺れ幅を小さく落ち着かせ、できるだけ安定できるようにします。生活リズムとか生活環境の中で揺れのパターンも見えることもあるので、こういう環境ではこういうこと思い出しちゃうよねとかね、こういう時にはこういうことをモデルにしているよねと言うか、その人独自の思考のスタイルを築いていく作業を手伝います。だけど思考を進めていくことを阻害する程に揺れた時は「治療をちゃんと受けなくてはいけないよね」と治療プランを提示しながらになりますね。

鈴木) 発達障害の人は自己理解がなかなか難しく、抽象的である自我の形成、自分というものを掴むことがすごく苦手だとは思います。でも小さい頃から失敗が多いのでくじけることが多いのでそれによってブレが大きくなりやすいとも考えられると思います。どちらかなのでしょうか。それとも両方なのでしょうか。

日原) はい、それは確かに両方が関係していると思います。失敗経験だけで説明できないですね。失敗経験の元になっている所に発達特性が関与しているんですね。

ASDとADHDの連続性

鈴木) 横浜ハビリテーションクリニックのウェブサイトを見てもASD(自閉スペクトラム症)は多く記述があります。他の発達障害の診断名、例えばADHD はどのように捉えればいいのか教えてください。

日原) ピュアなASD もピュアな ADHD もそんなにないなという感覚です。 ASDなのか ADHD なのかということについてはもちろん生物学的な特性の強さがどちらなのかということもあるのかもしれないですけれども、 基本的に診断として社会適応がまずくなるというのはハンディキャップ(社会的不利)レベルが多いんです。社会が何を求めているかによってその人の障害像の前面に現れてくるものが変わってくるから、 ADHDの特徴が強く見える人というのは情報の管理の能力を要求されている職場や学校、家庭にいるからかもしれないし、ASDの特徴が強く見える人というのは情報の分析の能力を求められることが多いんだろうな、というような理解ですね。

鈴木) 環境との関係でどう見えるかですね。

日原) はい。大きく影響しているだろうと思います。ただし治療する時にADHD、ASDをどちらの併存症としてみるのかということで治療の優先順位とか 助言の優先順位を決めていくということですね。

鈴木) 最近MSPAの使用例が増えていると思います。先生MSPAに対する評価と言うか使い方というのはどういうふうにお考えです。

日原) これは発達偏倚の特性を包括的に把握する上で利用価値が高いと思います。でも多軸的な考え方そのものは新しくはないんですよ。前から自分たちでやっていることでしたからね。

鈴木) なるほど綺麗にまとめたなぐらいな印象なのですね。

日原) 日々のクリニックでの仕事は、MSPAの作業を臨床でやっているわけなので、わざわざ導入してまでということはなかったです。もちろん学会などで発表する際に使うことはします。

発達障害の人たちが仕事ができるパッケージはまだない

鈴木) 今後、発達障害の人が働くということは、どのように変わりそうでしょうか。

日原) 発達障害の人たちが仕事ができるパッケージがまだないと思います。そのパッケージを基準に仕事の構造を組み立てて、そこに役割を振る。その役割を担えるようにしていったら、どういう仕事の流れになるだろうとか、どういう会社になるんだろうとかね。 そういうところにすごく興味がありますね。そういう仕事の組み立てができないと、なかなか適応しにくい発達障害の人たちはいるだろうなとは思うんです。

既存の労働環境を基準にして組み立てると、特性の強い人はなかなか馴染めないし所属する場所というのはなかなか作れない。なのでコペルニクス的転換ですか、基準をガラッと変えた発想で職場を作っていくことが僕は絶対必要になるんじゃないかと思っています。

もちろん社会性が極端にないわけではないし、注意力もそこそこはある。なんとかやれている人も実際にいますよね。 苦労しながらでも何とかやっていて、疲弊しながらでも高い業績を上げていたりとか。そういう人たちは今の仕事の構造の中であってもやれている。そうであっても、もう少し産業医学的に言えば作業環境整備や作業環境管理という考え方がもっとバリエーション豊かに入ってくると働きやすくなるんじゃないかと。そういう意味で産業医学は障害の人にとっても、とても大切な分野になってくるんじゃないかなと思っています。

鈴木) 発達障害の人に合わせすぎると、間合いとか曖昧さで楽をしたりとか心地よさを感じていたりしている多数派が働きづらくなる懸念もありますよね。

日原) そうなんです。そこは難しいところはあるとは思うんです。けれどもそこで必要なのはインターフェイスなんですよ。

鈴木) そうですね。ルールかもしれないですし人かもしれないですし。間を取り持つ存在が今後は重要度をあげそうですね。

Kaienは後からくっついてきた人たちではない 発信源であり続けよ

鈴木) 最後に今日の目的の一つでもある、医療でない私たち(Kaien、ガクプロ、TEENS)がどういう役割を目指していけばよいのか。先生からご提言やご助言はありますでしょうか。

日原) 僕は発達障害に関わるこの仕事をやってきて、医療者であるという考えはないです。この仕事の中で医療だと明確に言えるのって薬使っている時だけですね。

鈴木) 診断と薬ですかね。

日原) 診断だって医者でなくてもできるところはあります。だから臨床での医療というのは薬を使う時であって、それ以外では医療をしているという気持ちを僕自身はもっていないです。医学を学んだ自分のポジションで出来る所として、取り入れていくと良いと思うことを、自分のスキルとして学んで、使ったり伝えたりしているだけですね。最初から医療とか福祉とか教育という概念をとっぱらって、仕事を自分の中ではしているつもりです。なので、Kaienさんのことを考えるときも、あまりそういう枠組みから考えるよりも、それぞれが気づいて、取り組もうとしていることをやっていく過程の中で、共有できる部分は必ずあると思うのです。それが新しい形になることを僕は求めたいなと。

鈴木) 先生には当社はどういうふうに映っているのでしょうか?

日原) アイデアを持って色々発信してくれる場ではないのかなと思っているんですよ。後からくっついてきた人たちではないと言うか、自分たちで発想をもって始められているので。児童発達支援にしたってお金が下りてくればいろんなところが手をあげて参入してくる。そして今みたいな形になってしまっていてね。でもそうじゃなくてそれぞれの事業体が支援コンセプトをもって、それも雰囲気とかではなくて言葉にして共感を得て理解を得られるようなコンセプトを軸にして仕事をしていかないといけないんではないかと。そうじゃなかったら治療としても支援としても共通項として広がっていかないから。Kaienはそういうコンセプトの発信源でいらっしゃるんじゃないかなと。今後もそういうことを期待したいですね。

鈴木) ご期待に応えられるように頑張ります。ありがとうございました。

第1回 療育は親へのエンパワメント
第2回 療育を受けた大人の発達障害 成人後に気づいた発達障害

日原 信彦 医師

日本精神神経学会 精神科専門医
日本リハビリテーション医学会リハビリテーション科専門医
精神保健指定医
身体障害者福祉法指定医(肢体不自由・音声言語・咀しゃく嚥下障害)
厚生労働省 義肢装具等適合判定医師研修終了
東海大学医学部非常勤講師
元横浜市東部地域療育センター所長

横浜ハビリテーションクリニック

児童精神科・リハビリテーション科・心療内科・小児科
最寄り JR鶴見駅・京急鶴見駅
■発達障害の特性評価と特性診断
■療育に関する心理指導、カウンセリング
■補装具診療(下肢装具、座位保持装置、車椅子 など)
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■ご家族の健康相談やメンタルヘルス診療
http://yokohama-habil.jp/index.htmlリンク

 

シリーズ 医師と語る

*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます