根拠ある診療を心掛けて

vol.8 ランディック日本橋クリニック 林寧哲 医師
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シリーズ『医師と語る 現代の発達障害』

林 → ランディック日本橋クリニック 林寧哲 医師
鈴木 → 株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太

脳波異常と発達障害

林)脳波の話からしますか。

鈴木)ぜひぜひ。

林)発達障害の方の30~40%はてんかんを合併しているという統計があったり、70%以上の人には脳波異常が認められるという研究があったりするんです。脳波異常やてんかんが発達障害と合併している場合は治療も変わってきます。具体的にはてんかんの発作を予防するためのお薬、抗てんかん薬を使うんです。あったお薬を処方すると症状が改善して生活が安定することもあるので、そういった意味で脳波は大事ですね。

鈴木)ということは脳波を取る目的は、発達障害の診断というよりも様々な可能性も考えて、ということなんですね。

林)はい。僕も脳波で発達の問題が鑑別できないかと思って15年ずっと見ていますけれども、脳波だけで発達障害なのかその他の障害なのか判別するのはできないというのが結論ですかね。

例えば前頭葉の脳波の状態を解析することで自閉スペクトラム症を診断できるんだという論文も出てきたりしますけれども、そういう論文って出ては消え、出ては消えですからね。昔も前頭部で脳波に揺らぎあると発達障害と関係があるというような話もあったりするんですけれども…。たしかにうちで脳波をとった患者さんで前頭活性に揺らぎのない症例はほとんどありません。でも前頭活性の揺らぎって、疲労や睡眠不足に関係がある事もあります。抑うつなどの二次的併存症を伴っていない患者さんがうちのクリニックに来るのかと言うとほとんどないんですし。そうすると脳波にも影響が出ますから、自閉スペクトラム症の診断基準としては、あんまり当てにならないなぁというふうな感じですね。

さっきも言った通り発達障害の問題がある方は40%はてんかんを合併しているし70%は脳波異常があるので、発達障害の診断というよりも発達障害の上に脳波上の問題が合併している可能性を見ているという風に言った方がいいですね。

鈴木)脳波の異常があるとどのように状態が変わってくるのですか。

林)そうだな。例えば脳波異常がある人は扁桃体の活動が不安定だったりするんですよ。だから情緒が不安定で、不安・恐怖が出てきやすいとか、刺激に対する反応が極端だったりしますね。

鈴木)最近いわれるHSP(Highly Sensitive Personalityの略 正式な診断名ではないが人間関係に過敏に反応してしまう人などに使われる状態)も関係しているのでしょうか。

林)HSP に関しては僕はよくわかんないんですよ。HSPのような状態がある発達障害の方に関しては、「感覚受容の偏倚」という言葉を僕は使っているんですよね。発達障害の人は、刺激に対する感受性が敏感な部分と鈍感な部分がある人が結構あって、例えば疲労に関する感受性が鈍いにも関わらず聴覚刺激に対してはすごく敏感だとかアンバランスさがあるんです。それに関して薬物療法を試みたりもするんだけれども、SSRIなどを使うと良くなったり、炭酸リチウムを使うと良くなったり、色々なので、HSPと一括りにして統一的な見解にするのはなかなか難しいですね。というのも感覚受容の偏倚というのはいろいろな原因によって起こり、何か一つの原因で起こっているのではないんだろうというふうには思いますね。

僕らバイオロジスト

鈴木)先生のランディック日本橋クリニックは、ほとんどが発達障害を疑ってくる方だと思います。そしてその人たちに脳波をはじめとした数か月をかけて何種類もの検査を行っていく。検査充実している点が他のクリニックとはだいぶ違うなという印象です。先生がそこに力を入れられる理由は何なのですか

林)僕はもともと循環器内科だったんです。循環器内科から精神科医に転科した時に、精神科の診断の仕方をみて「なんじゃこりゃ」という風に思ったんですね。診断にバイオロジカルなエビデンス(生物学上の根拠)が全くない。客観的に観察された患者さんの症状を見て診断基準に当てはめて診断するのですけれどもそれって、循環器内科医からすると、例えば「体がむくむんです」という症状だけで、診断を確定しちゃうことと同じなんですよね。体がむくむ原因っていっぱいあるんですよ。そしてそれぞれ治療法が全く違うんです。なので診断名ってすごく大事なんですよね。診断名によって治療法がほぼ一対一に対応するというような循環器内科の世界で診療をやってきたものですから、診断がついても治療法が決まらない精神科の世界というのはどういうことなんだろうか、みたいなそういう感じがありましたね。

鈴木)でも先生はその辺が気持ち悪くって突き詰めて突き詰めてという風に。

林)そこまで突き詰めるまでの暇はなかったりするんですけれども…ただ基本的な考え方としてはM病院のY先生とも「僕らバイオロジストだから」みたいな話をしていますね。生物学的な基盤を想定をして治療に携わっているという意味合いです。精神力動なんかを余りあてにしていないという感じですかね。精神科の領域で循環器内科に近いものは脳波。循環器内科だと心電図をとりますから。その脳波を見ることに力を入れる所から始めたわけですね。

鈴木)発達障害が注目されて一般的な言葉になってきました。この10年15年ぐらいで先生の中で変わってきた感じはあるんですか。

林)基本的な方針としては変わらないかな。ただね、発達の問題に対してバイオロジカルな対処だけではカバーしきれないなというのは最近思っています。だから例えば心理カウンセリングとか感覚統合とかは大切だなぁと。それから発達性協調運動症みたいな運動機能の問題や視覚認知機能の問題はかなり心理社会的に影響を及ぼして自己評価の問題につながっているのは間違いないと思うようになりました。そういった意味で体の機能的なものに対処するとともに、自信を回復するための心理社会的なアプローチはすごく大事だなと思うので必ずしも薬物療法が必要かなという風な感じはしていますね。

他は精神科医療全体で発達障害の問題がかなり重要だということを色々な先生方が認識してくださるようになったことですね。ストラテラとかインチュニブだとかでかなり状態が良くなる患者さんをみることで、発達障害、特にADHDの治療ができますようという先生が増えているのはいい傾向かなと思っていますね。ただきちんと発達障害のことが分かって診察していらっしゃる方がいるかと言うと、またかその辺は十分とは言えないのでこれからどうなっていくのかなという風には思っていますね。

脳波以外の検査項目

鈴木)こちらのクリニックで受けられる検査。すでに脳波は伺いましたが…。

)まず心理検査がありますよね。エムスパ(発達障害の要支援度評価尺度 MSPA:Multi-dimensional Scale for PDD and ADHD)もしています

鈴木)エムスパ、どうですか。

林)参考程度かな。やっぱりご本人が仰ったことをもとに点数化するので。ただね。円グラフがあると凸凹をというのが分かりやすいですよね。

鈴木)本人が状態を視覚的に飲み込みやすいのかなとは思っています。

林)そうそうそうそう。

鈴木)そのほかは甲状腺機能?

林)採血ね。血液検査もして、Wisconsin Card Sorting Test(WCST)もしますね。遂行機能障害のチェック。そしてMRIとSPECTとは他の所に頼んで検査してもらうんです。

MRI は脳の形が分かるんですよ。 大脳皮質の厚み。発達障害による変化はMRIで捕らえられないほど小さなこともあると思うんですけれども、MRI で捉えられるぐらいの変化があればそこには何かあるだろうと言えるとは思います。

ただ萎縮なのか低形成なのかは区別がなかなか難しいですね。うちのクリニックに来る方で年齢的に多いのが30~50代。通常その年齢で萎縮がある場合はあまりないです。なので大脳皮質の厚みが薄かったりするとそれは萎縮ではなくて低形成・形成不全で発達障害の問題と関わりがあるかもしれないと判断するようにはしていますね。

左右対称?非対称?

林)発達障害ではないものの脳に所見のある人って左右非対称なんですよ。発達障害の人の場合は左右対称の事が多いような気がしますね。

鈴木)高次脳機能というのはどうなんですか。

林)高次脳機能障害があったりなんかすると、左右対称でないことはあるし、障害を受けたところに所見が出てくるわけですから、そこでわかることもありますね。でも発達障害と出てくる症状一緒ですから、後天的なものなのか先天的なものなのかというのは鑑別する根拠になるとは思いますけれども、ほとんど判別つかないこともありますね。。

鈴木) SPECTはドーパミンでしたっけ。

林)いやドーパミンではないですね。SPECTは脳血流

鈴木)血流ですか。

林)血流の分布状態を見るんですよね。発達障害の人の一番の特徴はモザイク状になっていること。血流の分布が均一でないということです。 MRIに出る大脳皮質の菲薄化、形成不全がある所は血流があんまり分布しないんですよ。発達障害の問題は領域間のコネクティビティの問題というような言われ方をしますが、領域と領域をつないでいる電線の束が少なかったりすると大脳皮質が薄くなったりするし、領域自体の神経細胞の数も少なかったりすると血流の分布状態で神経細胞体の数とかネットワークの量の多さに比例して増えたり減ったりとかするようなところがあります。それを確認するために血流量で影を見ているような感じですね。

SPECTで僕が一番見たいところは大脳辺縁系の活動が活性化しているかしていないか。大脳辺縁系が活性化すると使うお薬が決まってくるようなところがありますね。脳波上の異常波が出て、扁桃体の活動性が高かったりすれば、抗てんかん薬を使おうという話にもなるし、脳波上の異常がなくて上前頭回の即ち頭のてっぺんあたりの抑制系に関連すると言われている所の大脳皮質の厚みが薄くて大脳辺縁系の活動が高かったりすると抗てんかん薬かあるいはセロトニンに作用するお薬かどっちかか、そういうような想定をしていますね。

検査中はお薬は出しません

鈴木)それだけ多面的に見ていくと患者さんにそれなりにリテラシーがないといけないのかなと思ったんですが…。

林)説明はしますけれどもね、理解してくれているかなぁみたいな部分はありますよ。でも検査したら説明しないわけにはいかないですからね。

鈴木)安心感は出てきますね。

林)そうかもしれないですね

鈴木)処方するお薬にハズレが少なくなるというのもありそうですね。

林)今日お話ししてきたように、当てずっぽうで薬を出しているわけではないので。なるべく根拠を見つけてから薬を出したいとは思っているので、そうであるとよいですね。

鈴木)逆に検査は長いじゃないですか。数ヶ月とか半年とか。その間の薬物療法はしないんですか?

林)しないです。基本的には。よっぽど困っている場合には相談してよと言っていて、そういう場合にはお薬をお出ししますよとは言っているんです。けれども、やはり検査に影響するよ、という話もしますね

鈴木)なるほど。

林)だからそういった意味では冷たい感じですけれどもね。大抵の場合は途中でお薬使う人はいないですね。そういう人がうちに集まってくるんじゃないかなとも思っているんです。

鈴木)自分の状態をしっかりと把握したい。理解がある診療を受けたいという人ですね。

林)それから多分、以前医療機関にかかったことがある人なんかはむやみやたらに薬を出されることに抵抗があったりするのでそういった意味ではきちんと診断してから薬を出すよと言ってあげるといい気持ちなのかもしれないですね。

色々検査をして結果が出てこういうお薬使うといいよという風に言っても「薬は使いたくありません。じゃあどうする」っていう話になることもあるんですけれどもね。そうすると困ったことに対してアドバイスが欲しいということになったりするんですよ。

お土産を与える心理カウンセリング

鈴木)それが心理カウンセリングの話に繋がったりするんですね。

林)発達障害の方への心理カウンセリングはコツがあってね。心理カウンセラーの人ってね、話を聞いて、受け答えをする中で自分で答えを導き出してねみたいな感じが多い印象ですよね。なので患者さんとしては相談したことに答えが出てこないので困ると訴える人は結構いますね。僕なんかは10分の診察の中で必ず答えを出してお土産をあげて返すので、その辺は普通の心理カウンセリングとは違うかなと思いますね。

鈴木)私も時々踏み込みすぎて反省することもありますが、でも判断軸やソリューションは一個提案する。なんだかコンサルに似ているなとは思います。

林)僕もコンサルティングだとは思いますよ。薬物療法とか使うけれども基本的にはこういう風にやってみたらうまく行くんじゃないのというようなことを伝えて、そのことをちゃんとカルテに書いておく。前回あんなことを言ったけれどもやってみてどうだったみたいなやりとりをして、それでちょっとフィードバックをしていく。上手くいけばそれを継続してねみたいな感じですし、うまくいっていなかったら別の手を考えようかみたいなそういう感じでやっていますね。

鈴木)ポジション・スタンスをちゃんと提示するというのは、発達障害の人向けのカウンセリングで重要な気がしますね。

林)双極的な側面があると、生活のリズムが大事というような話はよくしますね。朝起きる時間と夜寝る時間は平日も休日も一定に保たないといけないよねとか、飯も決まった時間にバランスよくとるんだよとか。言ってもできない人が結構多いからそういった意味では、生活支援センターを活用してもらったり、訪問看護に来てもらったりとかもありますね。

基本的な生活が重要だという概念を認識してもらうのは短い診察の中でやるのは大変ですね。そういったところはカウンセリングとかソーシャルワーカーとかに任せていきたいなと思っています。

Kaienへの期待・要望

鈴木)医療とは違う当社の強み。どう出せばよいと思われますか?

林)生活を適正化するということというのはやっていただけるとありがたいです。どういう生活が理想的なのかということをカリキュラムの中でレクチャーという形であるといいのかな。こういう生活をするとこういうことがありますとか、こういう乱れた生活をするとこういう風になっちゃいますとか。そういうことを話してくれるといいのかなという風に思いますね。

鈴木)ちょうど来月から生活訓練事業所をつくるところです。参考にします。

林)あとはKaienさんというと就労移行支援事業所ですよね。就労のためのスキルをつける場であり続けてほしいですね。その辺に関しては僕の方も具体的詳細についてはよくわからないので何とも言えないんですけれどもね。

鈴木)定着支援についてはどうでしょうか。

林)定着のところに関しても、やはり生活自体の問題というのがね大きいと思うんですよね。

ただし稼ぎが少ないというところは課題ですね。会社側は障害者雇用であれば必ず障害年金がついてくるというふうに考えているところが多い。障害年金もらっていない人は家族と生活しない限りは難しいことがありますよね。今日もそういう話で患者さんから意見をいただいたところです。

鈴木)そうですよね。当社も、一般雇用で選択肢を広げられるようにするとか、障害者雇用でお金をきちんともらえる求人を増やすとか思って動いています。

林)とにかく発達障害の人の場合は障害基礎年金が受給できない場合が多いので、企業にお金を出してもらうしかないかなというものではありますね。でも企業としてもそれなりの給料を支払うだけの見返りがないといけないですからね。

鈴木)やはり戦力と感じてもらえる工夫が必要だなと支援していて思います。

林)もう一つの方法はダブルワークと思いますけれども、企業でダブルワークを認めてないところ結構ありますしね

鈴木)あと体力がないとか、それこそ生活リズムが崩れちゃうとか。

林)発達障害の人たちの就労に関してはやはり給料の少なさに最後はたどり着くと思うんですよね。

鈴木)はい。やはりそこにしっかり取り組むのが当社ですね。頑張ります。

林 寧哲 院長

1994年 北里大学医学部医学科卒業
著書:
発達障害かもしれない大人たち(PHP研究所)
これでわかる 大人の発達障害(成美堂出版)

ランディック日本橋クリニック

最寄り:東京メトロ銀座線 日本橋駅
心療内科 精神科
ADHDやアスペルガー障害などの軽度成人発達障害に関する診断や治療を中心に、仕事や家庭に関連した心の病気、パニック障害、神経症に属する病気などの診察・治療を行う。
http://www.landic-nihonbashi.com/リンク

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